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I'll  作者: ままはる
第七章
78/114

78.エルミナ

 馬車はグランチェスの街を離れ、昨日クレイドルを討伐した山よりも北へと進む。初めは除雪された街道を走っていたのだが、やがて横道へと逸れた。出来る限り前へ進もうとはしてくれたのだが、雪が深くなるにつれ馬の足は動かなくなり、そして完全に止まってしまった。


 そこからは御者とは別れ、地道に歩く。人が通るなど想像もできないような辺鄙な場所で、雪は厚く1歩進む度に膝下まで沈むような道。空からの雪が小降りであることだけが、唯一の救いだった。


「ねぇ、ウィル。本当にこの道で合ってるの?」


 さすがに不安になったリズが尋る。


「合ってるはずです。あの3本の木が目印なんで」


 長靴を履いてきたにも関わらず、隙間から入ってくる雪のせいですっかり長靴の中はびしょ濡れ。ウィルの機嫌は最悪だ。


「冬の時期は村からグランチェスへの往来日は決まっていて、その日に合わせて除雪してくれるんです。だからこんな雪道を歩くことは普通は無いんですけどーー」


 ウィルが説明を終えるか否か、遠くの3本の木の方向から燃え盛る炎が彼らに向かって迫ってきた。


「うわぁ!?」

「何だ……!?」


 炎は目前で消えたが、ラリィは悲鳴を上げて逃げ出し、リズ、ゼン、セイルは魔物の襲撃かと臨戦体勢で構えた。


「だ……大丈夫。エルミナです……多分」


 そう言ったウィルの心臓も、いきなり襲って来た熱波に驚いてドキドキと高鳴っている。

 まるで火炎放射器のような炎は、ウィルたちの足元の雪を一気に溶かし、一直線の道を作り出していた。


「エルミナって……魔法士なの?」

「魔法士じゃないですけど……こんな危ないことする奴じゃないんで、俺が来たことに気付いてめちゃくちゃ怒ってるんだと思います……」


 青ざめるウィルの上着の中から、ネコがぴょんと飛び出した。そして雪の消えた道を歩き始める。


「よくわかんねーけど、大丈夫なら進もうぜ! さっきの御者のおっちゃんも、ちゃんと謝ったら大丈夫だって言ってたじゃん?」

「俺は悪くねぇし……!」


 ーーネコを先頭にして歩き始めて10分ほど。前方から全力で駆けてくる女の姿が見えた。


「十中八九、あれがエルミナだな」


 鬼の形相で走ってくる女を見て、セイルが呟く。ウィルは気休めだと分かっているが、セイルの後ろに隠れた。


「ウィル=レイト! この犯罪者め! 私の娘をたぶらかしおって、どの面を下げて戻ってきたんじゃ!?」


 エルミナの一つに纏めた髪は真っ白で、肌も同じく白い。歳は30歳半ばほど。怒りに燃える青い瞳が、真っ直ぐウィルを射抜いている。


「エルミナ……元気だった?」

「おうおう! 元気じゃったわ! 貴様の喉笛をぶち破るまでは死ねんからのぉ!」

「ちょっと待って! 俺の話を聞いて!」

「フェリナを無事に返したら遺言くらいは聞いてやる! フェリナはどこじゃ!?」


「俺は何もしてないってば!」

「私の娘を弄び攫っておいて、何を白々しい!」

「……おい。少しはこいつの話を聞いてやれ」


 セイルが割って入るが、エルミナは聞く耳を持たない。真っ直ぐにウィルを睨み、手の中に炎をちらつかせる。ゼンは万が一に備え、防壁の魔法を口の中で唱えた。


「さぁ、言え! フェリナはどこじゃ!?」

「ミャア」


 ネコが鳴き、エルミナの足に体を擦り寄せる。


「なんじゃ、この獣は。こんな場所に猫などーー」


 蹴飛ばそうと足を上げかけ、はたと動きを止めた。


「ま……まさか……フェリナか……?」

「ニャオ」

「フェリナ……」


 震える手でネコを抱き上げ、エルミナは更に怒りを激らせた目をウィルに向けた。


「貴様……! フェリナにこんなくだらぬ暗示をかけおって! 我が娘を侮辱するか!?」

「違うって! 仕方ねぇだろ!? 帰れって言っても帰らねぇし、こうでもしなきゃ側に置いておけなかったんだから!」


「えぇいっ! 黙れ! 貴様は大罪人じゃ! 娘をたぶらかし、連れ去り、更に侮辱した! 万死に値する!」

「フェリナ! フェリナ、フェリナ、フェリナ! もうネコじゃなくていいから、お前の母親をなんとかしろ!」


 ウィルは必死にネコに呼びかけた。

 ネコはまん丸な瞳でウィルを見つめ、小さな声で鳴いたかと思うとーー次の瞬間、人間の少女へと姿を変えた。


「はぁ!?」


 驚いて声を上げるラリィ。リズたちも何が起きたのか理解できず、ただその場に立ち尽くす。


「ママ。ウィル、怖がってる。ダメ」


 少女はウィルと同じくらいの年頃で、ネコと同じ灰色の髪をしていた。少したどたどしい口調で、エルミナを諭す。


「フェリナぁぁ!」


 涙を流し、フェリナを抱きしめるエルミナ。


「母は心配したぞ、フェリナ!」

「フェリナ、パパにちゃんと言ったヨ。フェリナ、ウィルの所に行くって」

「そ、それはパパから聞いたが……」


「パパはいいって言ったもん」

「私は許可していない!」

「ウィル、竜の姿だと大騒ぎになるからダメって。この姿でも一緒にいられないって。猫なら大丈夫だった。だから『ネコ』って、暗示かけてもらってたヨ」

「……どう言うことだ……?」


 ゼンは首を傾げる。もう、全く意味がわからない。

 ウィルが答えに迷っていると、リズが小さく呟いた。


「まさか……竜?」


その声に、フェリナは笑顔で振り返る。


「竜は色々なものへ姿を変えられるって聞いたことがあるけど……」

「そう。フェリナ、竜ヨ」

「竜だと?」


眉を顰めるセイルの両手を、フェリナが握る。


「竜ヨ」

「じゃあお前の母親……エルミナも?」

「ママは白竜。パパは黒竜。フェリナは……フェリナは、どっちかな?」

「フェリナ! どこの馬の骨とも知れぬ人間に、軽々しく正体を明かすでない!」


 セイルからフェリナを引き離すエルミナ。


「セイルは馬違うヨ? セイルは時々美味しいおやつくれる人ヨ」


 無言でセイルに視線を向けるウィルたち。まさかセイルがそんな事をしていたとは、誰も知らなかった。


「ラリィはよく遊んでくれる人。ゼンはいっぱいフェリナを撫でてくれる人。リズは目が合うと優しく笑ってくれる人。みんな、良い人ヨ?」

「しかし、村の人間以外は信用ならんのじゃ!」

「あの街の偉い人もいい人ヨ。ママ、外の人間を知らなすぎる!」


 エルミナは言葉を詰まらせた。


「と……とにかく、小屋へ来い。温かい飲み物くらいは用意してやるわ」


 愛しい我が子に叱られて、エルミナの激しい怒りは一旦収束したようだ。

 フェリナはニコニコと笑い、片手でウィル、もう片手でラリィの手を握ってスキップしながら進む。


「リムの村、久しぶりヨ。みんな元気かなぁ?」

「はぁ……」


 先を行く娘の背中を見つめ、エルミナは深いため息をつく。


「あの……エルミナさん?」

「……なんじゃ」


 遠慮がちに声を掛けるリズを、横目で睨むエルミナ。


「ウィルのこと、許してあげられませんか? その……今の話を聞いた感じだと、ウィルは何も悪くなさそうですし……」

「……」


 エルミナは下唇を突き出し、再びため息をつく。


「……そんな事、わかっておるわ」

「それじゃあ」

「あの小僧に何があったのかは、村の連中に聞いて知っておる。あの年で親を亡くし、さぞかし辛い思いをしたであろうな」


「ウィルは今もまだ苦しんでいます。ご両親のこと、受け入れられていないのだと思います」

「そう簡単に受け入れられるものではなかろうよ。しかも、村の誰かが両親を殺したのかもしれぬと、疑心暗鬼になっておったようじゃ。それで村から出て行ったと。それだけでも十分に愚かであるのに、その愚か者を追って我が娘までいなくなったのじゃ。その時の母親の心境は、お主らにはまだ理解できぬじゃろう」


 エルミナの視線の先には、フェリナに腕を振り回されているウィルの姿。単に娘を心配していたわけではないことが、その眼差しから伝わってくる。


「ウィルの親を殺した犯人は分かった」

「ほう?」


 セイルの言葉にエルミナは興味を抱いた。


「弥月という男だ。焔真という人物と行動を共にしている。何か知っているか?」

「弥月……焔真……」


 エルミナは口の中でその名を反芻したが、心当たりは無かった。


「知らぬ名じゃ。力になれず申し訳ない」

「そうか」


 やはりリムの村に行っても、セイルの求める情報は無いかもしれないと、少しだけ落胆する。その横顔を、エルミナはじっと見つめた。


「お主、ちょっと目を閉じてみよ」

「は?」

「早う」


 言われた通りに目を閉じるセイル。


「ふむ……?」

 セイルの顔を、エルミナは色々な角度から眺める。


「もう目を開けても良いぞ。つかぬ事を尋ねるが、グリーンヒルのウィンドベイル区に覚えはあるか?」

「実家があるが……?」

「貿易商の屋敷か?」


 セイルは目を見開いた。


「何故知っている」

「7年……8年ほど前か。お主をそこへ送り届けたのは、私じゃ」


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