77.ドラコニアまで
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「ーーはい。それじゃあ、ゼンに代わります」
グリーンヒルのライトからの伝話を受けたリズは、一通りの話を終えると受話器をゼンに手渡した。
4本目の守護剣に関しては、ひとまずそれ以上の口外は控え、精霊の存在もこれまで通り隠して帰還するようにとのことだった。正式な扱いは、イシュタリア王との面会後に決まる。
リズから受話器を受け取ると、ゼンはゆっくりとそれを耳に当てた。
「……代わりました」
「あ……お兄ちゃんの声だ」
向こうから聞こえてきた声はライトではなく、控えめな、でも嬉しそうな妹の声だった。
「フォト……?」
「お兄ちゃん、元気? ケガ、してない?」
ゼンはようやく、何故自分が報告時に同行するよう指示されたのかを理解した。
「ああ。……フォトは、どうだ?」
「元気だよ。おじさんたち、とっても良くしてくれる」
「そうか」
久しぶりに聞く妹の声は、最後に聞いた時よりも元気そうでゼンは安堵した。もとより、ランク家の人たちがフォトを冷遇するとは思ってもいないが。
「セアラちゃんがね、お友達になってくれたよ。セアラちゃんと今日、クッキー焼いたんだ」
「……良かったな」
「明日はクリス君が、どこかに遊びに連れて行ってくれるって」
「……そうか」
「それからね、えっと……」
「……」
「お兄ちゃん」
「うん?」
「早く会いたいな……」
「……俺も」
短い言葉を返すゼンの表情を見て、リズは思わず口元が綻んだ。こんなにも穏やかで、優しい顔をしているゼンは初めて見る。
「それじゃあ……部隊長……叔父さんに、礼を伝えておいてくれ」
受話器から耳を離し、伝話士に通話を終える合図を送った。
「……どうした、リズ?」
「フォトを引き取ってどうなるかと心配してたけど、いい方向にいってるみたいで安心した」
「そんなに心配だったか……?」
「そりゃあね」
フォトと2人暮らしを始めた頃のゼンを思い出す。
朝はいつもより早起きをして慣れない朝食作りから始まり、午前のトレーニング中は色々な手続きのことで頭がいっぱい。昼休みは急いで家に帰ってフォトと一緒に外食し、午後は夕飯のメニューを考えながら仕事をする。定時で訓練場を出た足で市場で買い物をして帰り、料理本と睨めっこをしながら夕食作りーーそんな新米子持ち主婦のような生活をしていた為、いつか限界を迎えるのではないかと周りは心配していたのである。
「大変だが……助けてくれる人がいる」
ラリィはよく遊びに来てくれるし、ウィルもネコを連れて来てフォトの相手をしてくれる。リズはまだ独りでの入浴が慣れていないフォトの手伝いをしてくれたし、フォトを引き取ることにいい顔をしなかったセイルも、今となっては可愛がってくれているように思う。実際、料理に四苦八苦しているゼンを見兼ねて、何度か食事を作りに来てくれたこともある。
「何より、フォトは……可愛い」
「はいはい。ごちそうさま」
ゲストハウスに繋がる渡り廊下から、窓の外に目をやるリズ。
雪の勢いは増していて、この様子だと明日の朝には今日よりも深く積もっていることだろう。
「明日、無事に村へ行けるのかしら」
翌朝ウィルたちは、乗り合い馬車の集まる停留所にいた。
馬車は目的地別に区切られており、乗客を乗せて出発する。御者たちはそれぞれ馬の毛並みを整えていたり、雪かきをしながら出発時刻を待っている。
ウィルはネコを抱えながら、何かを探すように停留所を歩いた。
「何を探してんだ?」
「緑の羽です。……あ、いた」
目深にニット帽を被った御者が、緑の羽を胸元につけていた。
「ドラコニアまで」
御者はジロリとウィルを睨み、不信を露わにしたその目を後ろのラリィたちにも向ける。顎を上げ、馬車に乗るよう合図した。
「ドラコニア?」
「合言葉みたいなものですよ」
ウィルが説明するが、リズは首を傾げるだけだった。
馬車に全員が乗ると、御者は他の乗客は待たずに馬を走らせる。
「あー……気が重い」
「ここまで来たんだから、もう腹括れよ」
「最悪、俺が殺されたら全力で逃げてくださいね」
「どゆこと?」
ウィルはラリィの声が聞こえていないのか、憂鬱な顔で窓の外を見ている。
「坊主。この雪じゃ近くまでしか行けないからな」
「道ならわかる。小屋の番はカリュド? エルミナ?」
御者席から聞こえて来た声に答える。ウィルの返答に御者は少しだけ警戒を解き、穏やかな声で続けた。
「エルミナだ。近頃の彼女は機嫌が悪い。坊主以外は他所者だろ? そんなのを引き連れて行けば、ただでは済まないかもしれないぞ」
「……どのくらい機嫌悪い?」
「周囲の魔物が姿を消すくらいには」
「めっちゃ怒ってんじゃん」
深いため息をつくウィルに、ゼンが尋ねる。
「エルミナ……とは?」
「リムの村への案内人……みたいな。エルミナが怒ってる理由、多分俺なんですよね」
「それが……村に行くのを渋っていた理由……か?」
「エルミナが怒ってる理由が坊主ってことは……お前、フェルの息子か!?」
御者は馬を止め、慌てて御者台から降りて来た。そして両手でウィルの頬を掴み、その顔を確かめる。
「見た事のある顔だとは思っていたが、ウィルじゃないか! お前……大きく……は、なってないな。元気そうだなぁ、おい!」
「もう、いいから馬走らせろって!」
「村中がお前の心配をしてたんだぞ! 今、どこで何やってんだ? ちゃんと飯は食ってんのか?」
ベタベタとウィルを触りながら質問攻めをする御者。ウィルはそれがなんだか恥ずかしくて、どんどんと顔が赤くなっていく。
「うるさーー」
「ウィルは今、グリーンヒルで剣士やってるぞ。ちゃんと元気にしてるから安心しろって!」
「グリーンヒルで剣士!?」
ラリィの言葉に、御者は目玉をひん剥いた。
「お前、確かまだ12歳かそこらだろ……でもまぁ、あのフェルの倅だからなぁ」
ブツブツと呟きながら、御者は仕事を思い出して御者台に戻る。馬が再び動き出すと、ラリィがニコニコと声を掛けた。
「さっき言ってたエルミナだっけ? その人、なんでウィルに怒ってんの?」
「その色男が、エルミナの娘をたぶらかしたんだとよ」
「違ぇし!」
ぶすっと否定するウィル。
「もしかしてその猫、アレか?」
「……そーだよ」
「あっはっはっはっ! だったら、誠心誠意謝ればエルミナも許してくれるだろうよ」
「なんで俺が謝らなきゃいけないんだ……」
ネコはウィルを見上げ、ニャアと小さな声で鳴いた。




