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I'll  作者: ままはる
第七章
74/114

74.報告書を書きながら

⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎


「じゃあね、ウィル! 30分後にいつもの公園で!」


 いつもの通学路。いつものメンツと、いつものセリフ。ウィルは軽く手を振って、友人たちと別れた。


 学校が終わると家に帰り、おやつを食べてから公園に集合。それから仲間たちと村の外へ出るのがお決まりのパターンだ。

 今ハマっているのは、この前見つけたジャックフロストのたまり場へ行って、彼らに気付かれないようにどれだけ近付けるかを競うという遊び。大人たちに知られるとこっぴどく叱られるので、子供たちだけの秘密だ。


 舗装されていない道を駆けて行くと、青い屋根の家が見えてきた。玄関も窓辺も、庭の隅々まで母の花が咲きこぼれている。いつか家が花に乗っ取られるのではないかと、ウィルは本気で思っていた。


 玄関のドアノブに手をかけーー足が止まる。


(あれ……なんか、開けたらダメな気がする)


 喉の奥に冷たいものが流れるような、嫌な予感。しかしその予感に根拠は無くて、ウィルはいつも通りにドアを開けた。


「ただいま!」


 大きな声で帰宅を知らせ、そのまま玄関横の階段を駆け上がる。自室のベッドの上にカバンを放り投げると、またバタバタと足音を立てて降りてきた。


「おかえり、ウィル」


 ウィルがリビングに行くと、母親がキッチンから顔を覗かせた。いつもは不在の父親も、リビングのソファに座っている。

 喉の奥につっかえていた嫌な予感は、母の笑顔を見たと同時に溶けて消えた。


「あれ? 父さん、仕事は?」

「村の外に大蛇が出たらしくてな。それを退治しに行ってきたから、午後はサボりだ」


 父親は悪戯っ子のような顔で笑う。


「ふぅん。あ、今日のおやつは?」

「クッキーが焼けたところよ。先に手を洗ってらっしゃい」


 忙しない息子に困ったような顔を向ける母親。


「食べたら遊びに行くの? 誰と遊ぶの?」


 どこに行くの? 何時に帰る? 村の外には行かないでね? 宿題は?


「あー、うん。うん。うん」


 ウィルはキッチンのシンクで手を洗いながら、母親の質問を適当な相槌で躱す。濡れた両手の雫を振るい落とすウィルに、母はタオルを手渡した。


「お行儀が悪い子ね」

「ウィル。母さんはお前が心配なんだ。ちゃんと返事をしなさい」

「うんうん」


 父親が呆れて声を掛けるが、それにもウィルは上の空。頭の中は遊びに行くことでいっぱいである。

 焼きたてのクッキーを口に放り込むと、幸せな甘さが口いっぱいに広がった。


「美味しい?」

「うん」


 母親は美味しそうにクッキーを頬張るウィルを、愛おしそうに見つめる。そして両手を伸ばすと、ぎゅっと息子を抱きしめた。


「なに?」

「大好きよ、ウィル」


 ウィルは気まずい顔でクッキーを口に運び続ける。

 真っ向から突っぱねるほどの反抗期ではなかったし、正直に受け止められるほど子供でもなかった。

 でも胸の奥はじんわりと温かい。


(俺だって大好きだよ)


 少し子供っぽくて可愛らしい母親。強くて温かい父親。そんな2人からの愛情を一身に受けるウィル。

 そんな普通の家族だった。普通の毎日がずっと続くと信じて疑っていなかった。ずっと。ずっとーー







「ウィル? 大丈夫?」


 リズの声に、ウィルのぼんやりとしていた頭は現実に引き戻された。

 リズの紫色の瞳が心配そうにウィルの顔を映し出している。ウィルはその瞳に吸い寄せられるように顔を近付け、呟いた。


「リズ先輩が美人すぎて辛いです……」

「大丈夫みたいね」


 呆れた顔で離れるリズ。ウィルは笑って目の前の書類に視線を戻す。

 クレイドル討伐完了の報告は済ませたものの、詳細は書類で提出しなければならない。道中で駆除したガーゴイルやジャックフロストの数の記載も必要なので、グランチェス支部の会議室でウィルとラリィは報告書を書いていた。


 ウィルは斬ったジャックフロストの数を指折り思い出しながら、またあの夢の続きを思い出す。

 クレイドルに眠らされた時、夢を見た。リムの村で過ごしていた、あの何気ない日常の夢。元気な両親の夢を見るのは、あの日以来初めてだった。いつもは自宅の扉を開ける寸前で、大量の寝汗と共に目が覚める。


「なぁ、ウィル。『ジャックフロスト』ってどうやって書くの?」

「ラリィ先輩。いつになったら文字の読み書きが出来るようになるんですか?」

「書けるし! 『ジャ』と『ク』と『ロ』と『ス』がわかんねーだけだし!」

「そんなの書けるって言わないんですよ」


 以前リズが言っていたのは誇張でもなんでも無く、本当にラリィは読み書きが出来ない。辛うじて読む方はまだマシだが、書くことは恐ろしく時間がかかる。


「あんた、隊の剣も失くしているんだから、始末書も書くのよ?」

「……ゼン♡ 書いて♡」


 リズに突き出された書類を笑顔でゼンへ受け流すラリィ。ゼンは手が空いていたので受け取ろうとしたが、その手をリズにペチンと叩かれた。


「甘やかしちゃダメ。字は書いて覚えるの」

「……だ、そうだ」

「ケチー! ちょっと手伝ってくれてもいーじゃん!」

「手伝うのと丸投げするのは全然違うわ」

「クレなんちゃらを倒せたのはオレのお陰なのにさぁ。頑張ったラリィ君にもうちょっと優しくしてくれたっていーんじゃねーの?」


 ぶつぶつと不満を漏らしながら、ウィルが書いた報告書を見て文字を書き写していくラリィ。


「……お前のお陰で、ややこしいことにもなっているけどな……」


 ゼンは、グランチェス支部長のランドルの混乱ぶりを思い出した。それからラリィの右手の甲へ視線を移す。そこにはゼン、ウィル、リズの手にもある守護剣所持者の紋章が刻まれている。


「なんでややこしい事になるんだ?」

「そりゃ、守護剣がもう1本見つかって、しかもラリィ先輩みたいな人が所持者となれば騒ぎになりますって」

「オレみたいな、ってどーゆー意味だよ?」

「深い意味はありません」


 ウィルたちもラリィからは、守護剣が落ちてたから拾ったとしか聞いていない。他の隊士もその場にいたので、ラグエルの存在を隠すのならばそう言うしかなかったのだ。

 お陰でランドルは急遽本部へ連絡し、恐らく今グリーンヒルでも騒ぎになっていると思われる。


 その時、会議室のドアが開いてセイルが入ってきた。医務室で腕の手当てを受けていたのである。


「ヤブ医者だな、あいつ」


 不機嫌な顔で椅子に座り、脱ぎ捨てていた服に袖を通す。これだけタトゥーが入っているなら痛みに強いだろうと笑顔で言われ、麻酔も打たずに縫われたのである。セイルの左の胸から上腕にかけては、剣とユリの花のタトゥーが入っている。ちなみにモチーフに特に意味は持たせていない。


 ゼンは包帯の巻かれたその腕に触れ、そして傷口にグリグリと拳を押し当てる。


「お前は……また、無茶をする……」


 いくら眠らない為とは言え、自分で自分を刺すなんて信じられない。それも深いところまで刺していたようで、勤務医からはもう少し位置がズレていたら腕が動かなくなっていた可能性もあると言われた。


「この間も、左腕だった……そのタトゥーは、呪われているんじゃないのか……」

「わかった。わかったからやめろ」


 無表情ながらも怒っているゼンの手を振り払うセイル。


「それよりもラリィ。拾った守護剣のことを話せ」

「あー、うん」


 一瞬ラグエルを呼び出そうかと思ったが、やめた。ここであんなに騒がしい男が現れたら、すぐに何事かと騒ぎになってしまうだろう。


「コレがラグエル」


 ラリィの手の中に、一振りの槍が出現した。それを見てセイルは眉を顰める。


「剣じゃなかったか?」

「剣にもなるんだよ。あと、クロスボウとか」


 槍はぐにゃりと曲がると次の瞬間には剣へと姿を変え、そしてまたクロスボウへと変化した。


「何だそれ! すっげー! いいなー!」

「ラグエルが言うには7つの武器になるらしいんだけど、後はまだわかんね。所持者のセンス? 才能? が良くないと使いこなせねぇんだってさ」


 羨望の眼差しを向けたウィルに気を良くしたラリィは、自慢げにそう話す。


「何でそんなものが山の中に落ちていたのよ」

「落ちてたって言うか、封印されてたんだよ。ほら、侯爵のじーちゃんが言ってただろ? 山の中の幽霊。あの声の正体は、封印されて怒り狂ったラグエルの雄叫びだったってわけ」

「ああ、あの話」


 幽霊の正体が分かって少しほっとするリズ。


「それにしたって、誰が封印なんか……」

「聞いたら驚くぞ」


 ラリィはニヤリと笑って勿体ぶる。


「焔真だ」

「エンマって……あの焔真?」

「その焔真」


 セイルの眉が跳ね上がった。


「詳しい話はわかんねーけど、何年か前に突然焔真に身動きが取れないようにされたらしいんだ」

「その詳しい話が知りたい。ラグエルとやらは呼べないのか」

「あいつ、マジでうるせーからここだとマズイと思うぞ? それにどうせなら、村雨とシュイにも紹介したいしさ」

「シュイ……」


 セイルはげんなりとした表情を浮かべる。村雨やキリーはともかく、シュイとは同じ空間にいることも苦痛なほど苦手である。ゼンは稀に用事もなくシュイを呼び出し、ひたすらひとりで喋り倒す彼の話を暇つぶしに聞いていたりするのだが、セイルにはその神経は理解できない。


「侯爵のじーちゃんの家に戻ってから、ゆっくり話そうぜ」


 セイルが舌打ちしたと同時に、部屋のドアがノックされた。

 セドリックだ。


「どうしたの?」

「あー……えっと……ウィル、いますか?」


 なんとも気まずそうなセドリック。ウィルは面倒臭そうに振り返った。


「なんだよ?」

「……かったな……」

「あぁ?」

「……悪……かった……」


 セドリックが言わんとしていることを察したウィルは、唇の端を歪めて笑う。


「何だってー? 聞こえねー」

「悪かったって言ってるだろ! 耳ぶっ壊れてんのか、クソガキ!」

「それが感謝してる態度かよ!」


 顔を真っ赤にしてウィルの胸倉を掴み上げるセドリック。そしてそのまま部屋からウィルを引っ張り出した。


「マジで何しに来たんだよ、お前! 謝るんじゃねぇのかよ!」

「命の恩人に、一個だけ忠告しといてやるよ」

「はぁ?」


 セドリックは会議室の中には聞こえないよう、声を殺す。


「ラリィ=バイオレット。あいつ、人殺しの前科があるから気を付けろよ」


 ウィルは目を見開く。


「……は?」

「どっかで聞いた名前だと思ったんだよな。グリーンヒルにいた時、ちょっとだけニュースになってたのを思い出した。あの男、素手で人をなぶり殺した逮捕歴がある」

「逮捕歴って……まさか」


 スラム街にいたと言っていたし、逮捕歴があったとしてもおかしくはないと思う。しかし、あのラリィが人を殺すなど想像も出来ない。


「お前、俺が嫌いなのはわかったけど、先輩たちまで巻き込むなよ」

「お前の事は別に好きでも嫌いでもねーよ! 生意気なクソガキだとは思ってるけど、親元から離れて偉い奴だなって思ってたよ! ただ……」


 どうしても、仲間の死が受け入れられなかった。戦場で命を落としたのならまだしも、あんな死に方は悔しすぎる。アイザックとは特に仲が良かったから、ウィルに責任転嫁していただけだ。


「ああ! くそっ!」

「セディ? オレの可愛い後輩、あんま虐めないでくれる?」

「ひぃっ!」


 いつの間にか背後にラリィが立っていた。


「い、いや、虐めてたわけじゃ……」

「オレは義理堅い漢だからな。助けて貰った恩は返すぞ、ウィル」


 雪山で滑落したラリィの元にキリーを派遣したことを言っているのである。


「そーですよね。頼りになるかならないかと言えばならないですけど、ラリィ先輩ってそういう人ですよね」

「お、おう? ん? 今オレ、褒められたのか貶されたのかどっち?」


 ラリィが首を傾げているうちに、セドリックはその場から逃げ出していた。


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