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I'll  作者: ままはる
第六章
73/114

73.進路希望


⭐︎


「くそぉ! こんな所で死んでたまるかよ!」


 グランチェス支部の隊士は、こんなはずではなかったと胸中で毒付いた。

 今までクレイドルに仲間がやられてきたのは、単純にこちらの数が少なかったからだと思っていた。だから今日みたいに、大人数でかかれば簡単に倒せるはずだと信じていたのだ。それなのにどうだ。遭遇してから5分足らずで2人倒れた。残ったのは自分と、グリーンヒルから来た隊士がひとり。さっきの別れ道で分かれた4人が照明弾に気付いてこちらに来るまで、あとどのくらいかかるだろうか。10分? 20分?


「はっ……! はぁ……!」


 隊士の息が不規則に上がる。

 クレイドルの脚だけが見える。しかし全貌が見えない相手と対峙するのが、これほど怖いとは思わなかった。


「あ……ああぁぁぁ!」


 隊士は雄叫びを上げ、固く目を閉じて剣を縦横無尽に振り回した。


「ちっ」


 セイルは舌打ちし、隊士から離れる。隊士は恐怖のあまり錯乱している。下手をすればこちらが斬られ兼ねない。

 隊士はそのまま、クレイドルの脚が見えていた方向に突っ込んだ。


「馬鹿が……!」


 隊士は完全に目を閉じている。闇雲に剣を振り回して斬れる相手ではない。


「ぅあっ……!」


 クレイドルの長い爪が、隊士の背中をひと薙ぎした。一瞬遅れて熱を帯びた激痛が隊士を襲う。


「あ……あ……!」


 ガクガクと震える膝。隊士の手から剣がこぼれ落ちた。


「む、無理だ……」


 ゆっくりと、目を開ける。


「せめて、眠っている間に殺された方が……」


 そしてクレイドルと目が合った。途端に隊士は、膝から地面に崩れ落ちた。


 残ったのはセイルひとり。

 クレイドルはセイルも眠らせてから人間たちを屠るつもりなのであろう。既に眠った人間たちには目もくれず、ゆっくりとセイルの方へ体を向けた。


 視線を落としたまま、クレイドルが間合いに入ってくるのを待つセイル。

 1歩、1歩、雪を踏みしめながら近付いてくる。

 クレイドルがあと5歩進んだら、セイルも前に踏み出して間合いに入るつもりだ。

 あと4歩。3、2……

 次の瞬間、視線を下げていたセイルの眼前に、クレイドルの顔が飛び込んできた。


「な……!?」


 蛇のように伸びた首。そこにあるのはノコギリのような細かい歯を備えた口と、真っ赤な大きな目。その目が、セイルの目線を捕らえた。


(しまっ……)


 ふわりとした、何とも言えない心地良い感覚がセイルを包み込む。冷えていた空気は途端に一変し、幸せなほど暖かい。脳裏にはどういうわけか、ランク家の一室が浮かんできた。


 暖かい暖炉のある部屋。そこで笑いあっている祖父、両親、兄、妹、ゼン。そして子供の頃の自分。

 ーー夢だ。このままこの夢に引き摺り込まれたら、どれだけ心地良いだろうか。瞼が重く、握っていた剣が力無く雪の上に転がった。

 強烈な快楽の誘惑に、セイルの片膝が地面についた。


(眠るな……)


 眠ったら終わりだ。それなのに、抗うことが出来ない。


「……クレイドル!!」


 セイルの意識が途切れる寸前、声がした。その声に僅かに引き戻されたセイルは、渾身の力で腰の短剣を握る。そしてそれを、自分の左腕に突き立てた。


「っっ!」


 噴き出す血液と共に、セイルの意識が戻る。

 地面に落ちた剣を拾い上げ、クレイドルとの距離を取った。


「……お前、まだ懲りていなかったのか」


 先ほどの声の主に、セイルは言う。

 盗んだ剣を握った学生服姿の男ーー蓮だ。


「懲りるわけない。こいつを……ぶっ殺すまでは!」

「おい、馬鹿……!」


 剣を構えてクレイドルに駆けて行く蓮。顔を見ないように意識はしているようだが、素人が手に負える相手ではない。


「よくも姉ちゃんを……! 死ね! 死ねよ!」


 蓮が振り下ろした剣を、クレイドルはハエを払うようにいとも容易く振り払う。そして反対の腕で蓮の横っ腹を殴打した。


「ぐっ……!」

「下がっていろ! 邪魔だ!」


 更に蓮を爪で引き裂こうとしたクレイドルだったが、横からセイルの剣に防がれた。続け様に剣を返して斬りつけるが、体躯を揺らしてクレイドルは後ろに逃げる。

 大きく足を踏み出して、その背中に一閃。

 手応えはあった。しかし致命傷には程遠い。


「オォォォォ……!」


 遠吠えのような悲鳴を上げるクレイドル。その首が伸びて、またセイルの顔を覗き込んできた。


「同じ手は食わん!」


 咄嗟に顔を背け、回避する。


「セイル先輩!」

「あいつがクレイドルか!」


 ウィルとセドリックの声だ。

 セイルはクレイドルの爪を剣で弾き返しながら、到着した援軍に向かって声を上げる。


「こいつは首が伸びる! 目を合わせてくるから気を付けろ!」

「了解! ……って……マジかよ。蓮ちゃんまでいるじゃねーか」


 剣を抜いてセイルの後ろで構えるウィルは、地面に蹲っている蓮の姿を見て呆れた。


「はぁ……はぁ……」


 クレイドルの殴打を受けた腹が痛い。それでも蓮は、剣を支えにしながら立ち上がる。


「俺たちはこっちの隊士たちを避難させます!」


 セドリックともうひとりの隊士が、地面に倒れたままの隊士を担ぎ上げた。

 その時、クレイドルが四つ脚になってそちらに向かって駆け出した。


「てめぇの相手はこっちだ!」


 ウィルが追い、その後ろ脚を剣で斬る。クレイドルは嘶き、両手の爪をウィルに向かって振り下ろした。その隙にセイルがクレイドルの背後に回り込み、剣を垂直に構えてクレイドルの背中から腹に向かって突き立てる。


「グアァァアア゛!」


 凄まじい悲鳴。クレイドルは首をグネグネと動かし、血走ったその目でグランチェス隊士を睨みつける。


「あ、おいっ!」


 担いでいた隊士諸共倒れる隊士。一緒に担いでいた為、セドリックはバランスを崩した。

 一瞬の隙をついて、クレイドルがセドリックに狙いを定めた。セイルの剣を体に突き刺したまま、セドリックの首元を掻き切ろうと爪を伸ばす。


「……っ!」


 思わず目を閉じて衝撃に備えたセドリックだったが、痛みは襲ってこなかった。

 恐る恐る目を開く。目の前にあったのは、ウィルの背中だった。


「あ……くそっ……」


 セドリックに向けられたクレイドルの右腕を斬り落としたウィルだったが、クレイドルと視線を交わしてしまった。

 全身を心地良い睡魔に支配され、ウィルは地面に倒れ込む。


「ウィル!」


 右腕を失ったクレイドルは、益々暴れた。残った左腕の爪をウィルの背中に突き立てようと腕を振り上る。


 だがーーその腕に、1本の矢が突き刺さった。

 クレイドルが一瞬動きを止めた時、その頭上から剣を構えたラリィが飛び降りて来た。

 ラリィが地面に着地すると同時に、クレイドルの首がゴロンと雪の上に転がった。


「あ……え……?」


 何が起きたのかと、ゆっくりと倒れるクレイドルの体を見つめながらセドリックは考える。


「ラリィ……?」


 セイルも状況がわかっていない。ただ、おそらく急所であるはずの頭が、ラリィによって斬り落とされたことだけは理解した。


「蓮! トドメ、させよ」

「は……?」


 ラリィに呼ばれ、蓮は我に返る。


「姉ちゃんの仇だろ? まぁ、もうほっといても死ぬだろうけど、その為にその剣持ってんだろ」

「あ……」


 蓮は地面に横たわり、ビクビクと痙攣している首を斬られた魔物を見た。


「気が済むまでやっちゃえ」

「っ……!」


 姉の命を奪った魔物。その体に、蓮は剣を突き刺す。


「お前のせいで……! お前が……お前がっ!」


 何度も何度も、執拗に。

 剣を振り下ろす度に頭の中には優しかった姉の笑顔が浮かんで来て、涙が溢れた。


「お前さえいなければ! お前さえいなければ……姉ちゃんは! まだ……まだ、生きていてくれたかもしれないのに!」


 涙で顔をぐしゃぐしゃに濡らしながらも、蓮の手は止まらない。


 セイルは蓮の言葉を聞いて、この弟は全て知っているのだと気が付いた。姉がどういう最期だったのか、誰に何をされたのか、知っているのだ。しかし姉の名誉の為に胸の中に閉じ込めて、誠に対する激しい憎悪を全てクレイドルに向けていたのだろう。


「あぁぁぁ!」


 蓮の慟哭が、雪山に響き渡った。


⭐︎


 眠った隊士たちが全員起きるのを待って、セイルたちは下山した。グランチェスに戻る道すがら、こちらに向かっていたリズたちとも合流し、無事に誰ひとり欠けることなくグランチェス支部へと帰還したのだった。


「お前はそのまま、家に帰れ」


 支部の前で、セドリックは蓮から剣を取り上げてそう言った。


「でも俺、今から警察に通報されるんでしょ? このまま連行された方が手間が省けるんじゃない?」

「なんで通報されるんだよ?」

「だって剣を……」


 セドリックは大きくため息を吐く。それから、クレイドルの返り血でベタベタになった高校生の頭に手を置いた。


「俺らが山で失くした剣、見つけてくれてありがとな。ちゃんと報告しておくから、早く帰って風呂入れ」

「は?」


 呆然とする蓮に、セドリックや他の隊士たちは追い払うように手を振る。


「早く行けって。あのお嬢ちゃんが来たらうるせぇんだから」

「けど、もう2度と馬鹿な真似するなよ!」

「……甘いわねぇ」


 蓮の剣の窃盗を無かったことにするグランチェス支部隊士たちを、リズは苦笑しながら見ている。

 蓮は隊士たちに深々と頭を下げて、それからウィルたちの前にやって来る。


「ありがとう……ございました」

「スッキリしたか?」


 姉の仇をミンチ肉にした蓮に、ラリィは問う。


「……わかんない。でも、何もしないよりは良かったと思う」

「じゃあもう、前に進めるよな」


 蓮は小さく頷いた。

 そのふたりのやり取りを、リズは複雑な心境で見守る。セイルの話では、ラリィが蓮をけしかけたのだと聞いた。


「ラリィ。あんた……」

「ん?」


 無邪気にリズを振り返るラリィ。なんだかその顔が無性にムカついて、リズはラリィのお腹に重めのパンチを捩じ込んだ。


「ぐぇっ! リ、リズ……?」

「顔がムカつくわ」

「なんだよそれ!?」


 よくわからないやり取りをするリズとラリィから視線を外し、蓮はセイルの左肩を見た。応急処置で巻いた布は、真っ赤に染まっている。


「俺が来て助かったでしょ?」

「そうだな」


 確かにあの時、蓮の声が聞こえなかったら夢の中へ行っていたと思う。


「……報いを受けるべき奴は、いつか必ずどんな形であれ報いを受けるものだ」


 はっとした顔を向ける蓮。誠の事を言っているのだと、すぐに分かった。


「……うん」

「じゃあな」


 セイルは支部の中へ歩みを進める。その後にウィルたちも続いた。

 全員が中に入った後、蓮はグランチェス支部の建物を見上げた。


「剣士か……」


 蓮は頭の中で、先日学校で配られた進路希望調査の紙を思い起こした。紙はまだ未記入のまま、勉強机の上に置いてある。


 その時、通りの向こうから悲鳴にも似た声を上げて駆けて来る鈴菜と、彼女に引き摺られる翅の姿が見えた。


 家に帰ったら、進路希望の欄を埋めようと思う。鈴菜はきっと怒るだろう。けれどもう、自分の中では決まってしまった。


「グリーンヒルは、ここより暖かいかなぁ」

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