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I'll  作者: ままはる
第六章
72/114

72.ラグエル


⭐︎


 ラリィの目が、照明弾の光を捉えた。


「あれはセイルたちの方か! ヤバい……ヤバいぞ! こんな所にいる場合じゃねぇじゃん!」


 照明弾が打ち上がった方向へ向かうべきだろうか。ウィルたちはまだこちらへは来ていない。彼らも今の照明弾に気付いただろうし、クレイドルを優先するはずだ。しかし武器も持たず道も分からないのに、動いても良いものだろうか……髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き回しながら考えるラリィ。


「あー! 考えても仕方ねぇ! オレは行く!」

「ラリィ君」

「うひゃいっ!?」


 歩き出そうとしたラリィの頭上から突然声が降ってきて、思わず変な声が出た。


「大丈夫? ここから落ちたんだって? 怪我してない?」

「キリー!」


 ふわりと上から降りてきたキリーは、心配そうにラリィの身体を観察する。


「ラリィ君が遭難しないように付いてて欲しいって、ウィルにこっそり頼まれたの」

「さすがオレの可愛い後輩! 次セドリックに何か言われたら、オレが守ってやるからな!」

「私はよくわからないんだけど、ウィルはセイル君の方に向かうって言ってたよ。だからラリィ君もーー」


 そう言い掛けて、キリーはぴたりと動きを止めた。それから両手を耳に添え、耳を澄ます。


「どした?」

「何か……聞こえない?」

「何かって……?」


 ラリィも周囲の音に集中した。風が唸る音しか聞こえないーーと思ったが、否。風の音ではない。


「人の声か……?」


 男の唸り声のように聞こえる。

 ラリィはキリーと顔を見つめ合わせた。


「まさか……幽霊?」


 ディアス侯爵の話を思い出したラリィ。声が聞こえて来た方角は、照明弾が上がった方では無い。


「こんな昼間に? 遭難者とか怪我人じゃない?」

「じゃあ助けに行った方がいいよな?」


 セイルたちの方も気になるが、声のする方が距離も近そうである。本当に怪我人がいるのなら、放ってはおけない。


「あっちの沢の方から聞こえるよ」


 キリーが耳を澄ましながらラリィを先導して行く。


「ラリィ君、剣は?」

「なくした! この声が魔物だったら、オレ死ぬなぁ」


 あはは、と呑気に笑うラリィにキリーは苦笑いを浮かべた。何ものにも触れられないキリーでは、万が一ラリィが襲われたとしても助けられない。


「ラリィ君のポジティブなところは好きだけど、もうちょっと危機感は持った方がいいと思うわ」

「オレもキリーは明るくて可愛いから好きだぞ!」

「やだもう、ラリィ君ったら!」


 本来なら背中をパシッと叩きたいところだが、キリーの手はラリィの身体をすり抜けた。

 ーー声が、確かにはっきりと男の唸り声であると判別できるほど、ふたりは近くまで来た。


「あの洞穴の中だな」


 沢のすぐそばに、人が入っていけそうな横穴が空いている。


「この……クソがぁぁぁ!」


 明らかな怒声。憎しみの籠ったその声が、穴の奥から漏れ聞こえてくる。


「おーい! 大丈夫かー? 助けが必要かー?」


 穴の入り口から、ラリィが大きな声で呼び掛けた。怒声は一旦ピタリと止まったがーー


「うるっっせぇ! ぶっ殺すぞてめぇ! いいや、ぶっ殺してやるからこっちに来いや! オラァァ!」

「すげー元気じゃん。これ、中に入って行ったらぶっ殺されるやつじゃん」

「怖……ラリィ君、ほっといて行こう」


 ラリィはキリーと共に回れ右をする。さわらぬ神に祟りなし。ブチギレている輩に関わるべからず。


「クソ、クソ、クソォぉぉ! 焔真のクソ野郎があぁぁ!」

「……焔真?」


 聞き覚えのある単語が聞こえ、足を止めるラリィ。一旦腕を組んで考えてから、もう一度洞穴の方に向き直った。


「焔真って、銀髪の男のことかー?」

「っ! そこにいるのか!? こっちに来やがれ、クソ焔真! ギッタギタにしてぶっ殺す!」


 どうやらラリィの知っている焔真と同一人物のことであるらしい。こうなってはもう、放置して行くわけにはいかない。


「私が様子を見てくるよ」


 どうやら向こうは洞穴から出られない様子。キリーならば、何かあったとしても怪我をする心配は無いだろう。

 キリーは無防備に洞穴の中へ入って行きーーそして割とすぐに戻ってきた。


「どうだった? キリー? 大丈夫か?」

「あー……うん。取り敢えず、ラリィ君も入って大丈夫だよ」

「なんだよー。なんか怖いんだけど」

「行けばわかるよ」


 微妙な表情のキリーに促され、ラリィは恐る恐る洞穴の奥へと足を進めて行く。洞穴の天井には隙間があって、そこから光が漏れ入っている為それほど暗くは無い。


「おう、てめぇか。クソ焔真を知ってるのは」


 洞穴の行き止まりにいたのは、身体の至る所に包帯を巻きつけた傷だらけの男だった。ただし出血しているわけではなく、怪我で弱っているわけでもない。


「えーと……こんなトコで何してんの?」

「あぁ? 見てわかんねぇのかよ!」

「わかんねーよ」


 男は憎々しげな表情で、自分の足元を指差した。そこには一本の槍が置かれていて、その槍には札のようなものが貼られている。その札は男を囲うように、地面の四方にも貼られていた。


「ここに閉じ込められてんだよ!」

「はぁ?」

「頭悪ぃのか、てめぇは! いいからこの札を剥がしやがれ!」

「ヤだよ! なんかお前、ヤバそうだし」

「ああ、そうだ! ヤバいくらいオレはキレてるぜ!」

「そんなキレてる奴に近付きたくねーよ」

「ラリィ君。多分この人、守護剣の精霊だよ」


 ふたりのやり取りを見兼ねたキリーが口を出した。


「ほらな! やっぱりヤバ……え、何? 守護剣?」

「女ぁ! 何を勝手なこと言ってやがる! とにかく何でもいいからこの札剥がせやぁ!」

「守護剣? いや、槍じゃね? どゆこと?」


 このふたりでは、事態の収集が全くつかない。キリーは大きなため息をついた後、思い切り息を吸った。


「うるさぁぁぁい! ふたりとも、1回黙ってそこに座りなさぁい!」


 狭い洞穴の中で、キリーの高い声はよく響く。男もラリィも目を丸くして、おとなしく座った。


「まずはあなた!」


 キリーは男を指差す。


「名前は!?」

「ラ……ラグエル」

「ラグエルね。私はキリー。こっちはラリィ君よ」


 どうも、とラリィは小さく頭を下げる。


「はい、ラリィ君。ラグエルと握手してみて」

「握手?」

「いいから!」


 一喝され、ラリィはさっと手を差し出す。ラグエルも一瞬躊躇したが、キリーに凄まれて無言でその手を握り返すーーはずだったが、ラグエルの手はラリィの手をすり抜けた。


「……あ」


 この感覚は、キリーが自分をすり抜ける時と同じである。


「ね? この人、私と一緒なのよ」


キリーはニッコリと笑い、それから地面に正座する男たちに言う。


「さぁ、状況を整理しましょう」

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