71.遭遇
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「何だと思う? これ……」
麓の森の方では、リズたちのチームがクレイドルの捜索に当たっていた。
山とは違い、この辺りはほとんど魔物は出ない。元来この森の中ほどまではグランチェス支部が魔物を掃討しているので、滅多に魔物は近寄って来ないのである。だからこそ、この森の被害者には街の民間人が多い。
そんな森の中に、リズは不可解なものを見つけていた。
「……動物……いや、魔物……か?」
降り積もった雪に埋もれるように、肉塊があった。毛皮なので人間ではないことは一目瞭然であったが、グロテスクなほどズタズタに引き裂かれている。野犬か何かかと思ったゼンだが、特徴的な爪を見つけて魔物だと訂正した。野犬や狼よりも鋭く大きい爪。その爪の先には毒腺がある。
「オルトロス……?」
「言われてみれば、確かに」
支部の隊士も肉塊を覗き込み、同意した。ふたつの頭を持つ犬のような魔物である。
「クレイドルが出たんでしょうか……?」
「いや、これは……」
リズはゼンと顔を見合わせた。現場写真で見た、クレイドルによる食い散らかしたような傷痕ではない。これは刃物によるものだ。リズとゼンの脳裏には、同じ人物の顔が思い浮かんでいる。
「本当にただの高校生かしら」
「魔物に対する……凄まじい怒りを感じるな……」
十中八九、蓮=ヒイラギ=オータムリーフの仕業である。昨夜の腕の傷は、この時のものだろう。
「写真に残すか?」
「いいえ、必要ないわ。引き続きクレイドルを探しましょう」
撮影機を取り出そうとした隊士を止めて、再びリズは歩き出す。
ーーしかし、オルトロスの死骸を最後に、魔物らしい魔物の姿はまったく見られなかった。
「夜に活動するのかな?」
「……しかし、この被害者は昼間に襲われている……」
「じゃあ時間帯は関係ないか……」
リズもゼンも資料を見ながらのんびりと歩いているが、支部の隊士5名からはやはり緊張感が漂っている。既に仲間が何人も殺されているので、無理もない。
「なるべく視線を下げて歩きましょう。何か気配を感じても、慌てずに視線は決して上げないで」
「あ、ああ……」
隊士たちの緊張感を感じ取ったリズが声を掛けると、少しだけ隊士たちの間に穏やかな空気が流れた。
「噂には聞いていたが、本当に美人だな」
「守護剣士ってことは、相当強いんだろ? 変な事は考えるなよ?」
「いやぁ、でも、たまんねぇよなぁ」
「匂いが違うよな。いい匂いだなぁ」
訂正。穏やかな空気ではなく、緩みきった空気である。
「……段々と、お前が不憫に思えてきた……」
「今更? 気付くのが遅すぎるわ」
ゼンは隊士たちとリズの間に入って、さりげなく両者の距離を取った。
その時、茂みの一角が揺れた。
足を止め、全員が武器に手を当てて臨戦体制を取る。リズとゼンも、いつでも守護剣が出せるように構えた。
「蓮ちゃーん! 蓮ちゃーん!」
だが、次に聞こえて来たその声で、一気に張り詰めた空気は霧散した。
鈴菜の声である。
「鈴菜、こんな所で何をしているの? 翅まで……あなたたち、学校は?」
「あ、昨日の……」
リズに声を掛けられた翅は、気まずそうに僅かに視線を落としたが、鈴菜は潤んだ瞳をリズたちに向けた。この娘の瞳の涙腺は壊れているのかと、ぼんやりとゼンは思う。
「蓮ちゃんが学校に来てないの! 家にも病院にもいないし……っ!」
「この辺りにはいなかったぞ。学校をサボってどこかで遊んでるんじゃないのか? いつクレイドルが出てくるかわからねぇんだから、早く街に帰りな」
ボロボロと涙を溢す鈴菜に、隊士のひとりが言う。すると更に顔を歪ませて、鈴菜は泣きじゃくった。
「女の子をこんなに泣かせるなんて……」
「いやいやいや! 俺のせいじゃないだろ!?」
「この子の彼氏のことよ。まさか昨日の今日で、またクレイドルを探しに行ったのかしら」
やはり警察に通報しておくべきだったと、リズは少しだけ後悔する。
「……そうだと思います」
リズの言葉を肯定する翅。
「ここ最近の蓮は、ちょっと異常なくらいクレイドルに執着していて……僕たちが何を言ってもダメなんです。お願いします。蓮がクレイドルを見つけてしまう前に、退治してください」
「お願っ……しま、す!」
深く頭を下げる翅と、しゃくり上げながら涙を拭う鈴菜。
「私たちはその為に来たの。だからあなたたちは街に戻って。蓮が帰ってきたら、ぶん殴ってやりなさい」
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五月蝿いウィル、ラリィ、セドリックと離れたセイルは、隊士3人と共に黙々と山道を進んでいた。
登り道よりは道幅に余裕はあるが、木立が乱立していて視界は広くは無い。そして先ほどから、妙に静かだ。
「賑やかなのがいなくなったからか、静かすぎて逆に胸騒ぎがするぜ」
隊士の誰かが言った。
セイルは視線を地面に落とす。真っ新な雪の上には、何の足跡も無い。野生動物はいない。声もしない。
(静か過ぎる……)
その時、突然背後でドサリと音がした。反射的に全員の手が剣の柄に触れる。
「ゆ、雪が落ちた音かよ……」
木の上の雪が、地面に滑り落ちた音だった。日が昇ってきて、雪が溶け始めたのだろう。あちこちで雪の塊が落ちる音が聞こえてくる。
セイルのすぐ横にも、頭上からの雪が落ちてきたーー野鳥と一緒に。
「全員顔を上げるな」
セイルは視線を落としたまま、落ちて来た野鳥に触れた。
ーー生きている。眠っているのだろう。
「……近くにいるぞ」
「う、嘘だろ……? マジか……」
隊士たちは全員、俯きながら剣を抜いた。耳を澄まし周囲の気配を探るが、相変わらず不気味な静寂だけが辺りを支配している。
「円陣を組んで、同時に真っ直ぐ顔を上げよう」
隊士の言葉に従い、4人は目線を落としながら向き合って円になった。
「いくぞ?」
そして同時に顔を上げる。
「あ……」
セイルの正面にいた隊士が、ずるりと力無くその場に倒れた。
クレイドルは、セイルの背後にいる。
「そいつを避難させろ!」
セイルは出来るだけ顔は上げず、倒れた隊士の視線の先に体を向けた。
足が見えた。黒く艶のある毛皮に覆われた足は、確かに熊に似ている。
「ク……クレイドル……!」
倒れた隊士を担ぎ上げようとした隊士が、動転するあまりそちらを振り返ってしまった。そしてそのまま気を失う。
「おい! 顔を見るな!」
気絶した隊士は2名。
セイルは剣を構え、クレイドルに向かって走った。
クレイドルの上半身は見えない。見てはいけない。
「シュゥゥゥ……」
クレイドルの吐く息が聞こえた。間合いに入ったと同時にセイルは剣を振り上げたがーー
「っ!」
クレイドルの強靭な腕に弾かれた。一瞬だけ見えたその手には、太くて長く、そして残酷なほど鋭い爪が伸びている。
反動で顔を見ないよう、セイルは目を閉じて後ろに退がった。
「合図を送れ!」
残ったひとりの隊士に向かって叫ぶ。
風が揺れるのを感じて、体を低くして横に飛んだ。今セイルが立っていた場所に、クレイドルの爪が突き刺さった。
「くそ! くそっ!」
残った隊士ひとりでは、2人も避難させられない。隊士は悪態をつきながら、倒れた仲間の荷物の中から照明弾を取り出した。震える手で、照明弾を大空に向かって撃ち放つ。
「頼む、誰か……!」




