69.クソ野郎
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翌日の朝、グランチェス支部にてクレイドル遭遇の生存者の聞き取りが行われた。
「お仕事前にお呼び立てして申し訳ございません」
「あぁ、いえ。全然大丈夫っす」
当初は出勤前に呼び出されて不機嫌オーラを放ちまくっていた男だったが、会議室で待っていたリズを見ると態度を180度変えた。朝から美人と会話が出来るとは思ってもみなかった。
「誠=アルベールさん、ですね? ご友人の透さん、聖さん、楓さんを亡くしたばかりなのに、また同じ話をしていただかなくてはいけなくて心苦しいのですが……」
「いえ。早くクレイドルを退治していただくことが、彼らへの1番の弔いになると思うので。俺で良ければいくらでも協力します」
セイルは誠の顔を見て、やはり昨夜酒屋で騒いでいた男と同一人物であることを確認する。
「クレイドルに襲われた状況ですが……場所はここで間違いないですか?」
「あ、えっと……もうちょっとコッチですかね」
地図を指差したリズの手を握って、少し移動させる誠。なんとなく手つきがねっとりとしていて、一瞬でリズの全身に鳥肌が立った。
「んで? あんたら、そんな場所で何してたんだよ?」
誠の手をポイっと払い、リズの前に出るウィル。誠は子供がしゃしゃり出て来た事に目を丸くした。
「え? あ、君も剣士? えっと……ここ、俺たちの秘密の場所なんだ。周りに家もないし、ここなら酒を飲みながら騒いでも迷惑にならないだろ?」
「こんな場所にわざわざ?」
ウィルに土地勘は無いが、随分と街から離れていて、酒を持ち運んでまで足を運ぶのは面倒な距離な気がした。
「仲間と駄弁りながら歩いて行くのが楽しいんだよ」
「ふぅん?」
よくわからないが、そういうものなのかと納得する。
「この被害者たちとは、付き合い長ぇの?」
生前の写真を誠の前に並べるラリィ。
「透と聖は高校からの付き合いなんで、10年くらいかな。楓とは最近付き合ったばかりで」
「付き合ったばっかって、1番幸せな時じゃねーか。それは……気の毒だったな」
「ええ……まぁ」
顔を伏せる誠。その肩が小刻みに震え出す。
「ホント……これからって時だったのに……いきなり茂みの中からヤツが……クレイドルが出て来て。あっという間に3人が倒れて、俺……もう、無我夢中で逃げて……っ!」
「クレイドルはどんな魔物でしたか?」
「一瞬しか見れなかったんだ! 後ろ姿だけ。2メートルくらいの、熊みたいな黒い毛皮の魔物だった」
リズは手元の資料に目線を落とす。そこに書いてある事と、同じ話である。
「被害者たちがクレイドルの顔を見てから倒れるまで、どのくらいでしたか?」
「5秒くらい、だと思います」
「5秒」
思ったよりも短い。
「剣士さん! 早く……早くあいつらの仇を討ってください! 楓の……俺の大切な人の仇を……」
誠の目から一筋の涙が溢れ落ちる。
その瞬間、セイルは足元の空いた椅子を思い切り蹴り上げた。それから乱暴に誠の胸倉を鷲掴む。
「セイル!? いきなりどうしたんだよ!?」
ラリィが止めようとしたが、セイルはその手を振り払う。リズたちも、突然キレたセイルに声を失っていた。
「お前の臭い芝居はもういい。吐き気がする」
「な、な、なんだよ!? なんなんだよこいつ!? 暴行で訴えてやるからな!」
「訴えてみろ」
誠を引き寄せ、その耳元に顔を近付けた。そして低い声で囁く。
「警察で、お前が何をしたか俺も喋ってやるよ」
「っっ!」
誠の顔が一気に青ざめた。
「な、なん、なんで……」
「まだバレてないんだろ? バレるまで黙っててやるから、2度と調子に乗るなクソ野郎」
言い捨てて誠から手を離す。
腰を抜かした誠は、そのまま床に尻餅をついた。
「後でちゃんと説明してもらうわよ、セイル」
「必要ない」
「ちょっと……!」
部屋を出て行くセイルの後を、ゼンが追う。
リズはポカンとした顔のウィルとラリィと顔を見合わせてから、誠に言う。
「と、取り敢えず……聞き取りは以上なので、お引き取りください」
「セイル」
支部の外まで追ってきたゼンに呼ばれて、セイルはようやく足を止めた。
不快感はまだ残っていて、セイルは顔を顰めながら煙草に火を付ける。冷えた空気とニコチンの煙が心地良い。
「クソ野郎……だったなら、仕方がないな」
そう呟いて、ゼンはじっとセイルの隣に立っている。
今日は雪は降っていない。夜のうちに積もった雪は厚いが、天気は良い。この後クレイドルの目撃地点へ行くので、視界が開けていて都合が良い、などとゼンは考えていた。
セイルは暫く無言で煙草を吸い、それからやっと口を開いた。
「写真、あっただろ。現場の」
「……あったな」
クレイドルによって判別不能なまでに食い荒らされた遺体の写真である。
「楓=オータムリーフだけ、衣類が乱れていた」
楓たちが被害に遭ったのは、ひと月ほど前。既に雪がちらつく季節であったにも関わらず、楓だけがコートを脱ぎ、衣類も不自然にはだけていた。他のどの被害者を見ても、衣類に違和感があったのは楓だけ。セイルにはそれが妙に思えた。
「楓は、優しくて清楚でしっかり者だそうだ。弟の様子を見ても、夜中に人気の無い場所で乱行パーティーするような女じゃない。それに昨日あのクソ野郎は、酒屋で楽しそうに武勇伝を語りながら酒を飲んでいた」
「それは……クソ野郎だな……」
つまり誠たちは、人気の無い場所で楓を輪姦したのである。その最中、クレイドルに襲われた。そして誠は後ろを振り返ることなく、逃げ出したのだ。
「確証は無かったが、あの反応は黒だろ」
「……いずれ、真相は明らかになる」
セイルが気付いた事なら、他の誰かも気付いているはずである。
セイルは煙草の煙を燻らせ、静かに昇っていく白い煙を見つめた。
「知らないままの方が良いかもな」
あの弟は、姉の仇を取る為に剣を盗み、魔物に立ち向かおうとするような人物である。もしも姉の彼氏にハメられ見捨てられたのだと知れば、どうするだろうか。弟だけではなく、両親や周りの人たちはどう思うだろうか。
「……俺は……何も聞かなかったことにする」
そう言ったきり、ゼンは口を閉ざした。何を考えているのか、そもそも何も考えていないのか、とにかく静かに黙って、空気のようにそこにいる。
この男はいつもこうだーーと、セイルは思う。
セイルが記憶を失くした後、家族は皆、必死になって昔話をした。そこから何かを思い出せればと思っての事だったが、セイルにとっては頭痛を伴うだけの不快でしか無かった。しかしゼンは何も言わなかった。こちらが尋ねれば答えるが、それ以外に過去の事は一切口にせず、ただ隣にいた。
剣士隊の練習生の申し込みをした翌日にも、当たり前のようにゼンもいた。ゼンがいたから、ランク家との丁度良い距離が保てた。いなかったらきっと今頃は、剣士も辞めて絶縁していたと思う。
「変な奴だな、お前は」
「ランク家の人間は……頭がおかしいんだ。……いい意味でな」
ゼンの返答に、セイルは小さく笑った。




