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I'll  作者: ままはる
第六章
67/114

67.傷の手当て

(れん)ちゃんの馬鹿ぁ! なんでそんな無茶するのよぉ!」

「……うるさいって」

「だって……だってぇ……! 蓮ちゃんが死んじゃうー!」

(すず)。心配なのはわかるけど、ちょっとだけ落ち着こうよ」


 遠くの方からなんとなく聞き覚えのある声がして、セイルは顔をそちらへ向けた。


 学生服姿の男女3人組。泣き喚いている女の方の声は、今日支部で聞いた声である。セイルは鈴菜(すずな)の顔は見ていないが、この甲高い声は会議室までよく聞こえて来ていた。


(早くクレイドルを退治しろと騒いでいた女か……)


 関わらないでおこうと一度顔を背けたが、ひとりの男の方の左腕が血塗れであるのを見てしまった。

 これが剣士の誰かであったのなら無視するのだが、街の学生である。しかもーー


「おい。魔物にやられたのか」

「は……? 別にーー」

「そうなの! 死んじゃうかも……」

「うるさいって。これくらいで死なないよ」

「放っておいたら死ぬぞ」


 セイルは男のーー鈴菜に蓮と呼ばれている方の男の左腕を掴む。蓮は痛みに顔を顰めたが、セイルの手を振り解く力は無かった。

 裂傷付近の皮膚の色が変色し、泡立っている。毒を持つ魔物特有の傷口である。


「毒のある爪か何かで引っ掻かれたんだろ。明日の朝にはこの腕、腐り落ちるぞ」

「腐……」


 鈴菜の顔からザァーっと音がするほどの勢いで、血の気が引いていった。(つばさ)も驚いた顔をして、しかしなるべく冷静を保ってセイルを見返す。


「この子、そういう冗談通じないですよ」

「冗談だと思うなら帰ってそのまま寝たらいい。健全な学生生活を継続したいなら、ついて来い」


 そう言ってセイルは歩き出した。この場所からだと病院や支部よりも、侯爵邸の方が近い。


「鈴、翅、帰ろう。変な人に関わっちゃダメだ」

「蓮ちゃん、翅ちゃん! ついて行くよ!」

「はぁ!? 正気!?」

「鈴の勘は、この人が正しいって言ってるの!」

「鈴の勘って、信用できるかなぁ……?」

「おかしな事をされそうになったら、鈴がふたりを守ってあげるからね!」


 めちゃくちゃ不審者扱いをされながらも、セイルは3人を率いて侯爵邸に向かって歩く。


「お前、名前は」

「……蓮。蓮=ヒイラギ=オータムリーフ。こっちは鈴菜と翅」

「オータムリーフ……(かえで)=オータムリーフの弟か」

「姉ちゃんの知り合い?」


 わかりやすく警戒の眼差しをセイルに向ける蓮。しかしセイルは蓮の質問には答えない。


「……お前の姉、どんな女だった?」

「は? いきなり何なの? 意味わかんないんだけど」

「楓ちゃんは、すっっごく優しいお姉ちゃん……だったよ」

「優しくて、清楚で、しっかり者だったよね」


 警戒を強める蓮に代わって、鈴菜と翅が答えた。


「そうか」

「で、何? 俺の姉ちゃんとどういう関係?」

「蓮。どこで魔物と遭遇した?」

「君さぁ、人の質問に答えるって常識はないの?」

「じゃあ俺の質問に答えろ」

「ムカつく……っ! 街の外だけど?」

「その魔物はまだ生きているか?」

「俺が殺した」

「ならいい」


 質問は以上である。ポケットから煙草の箱を取り出すセイル。しかし1本口に咥えようとして、蓮の無事な方の手にそれを奪われた。


「信じらんない。歩き煙草はやめてよね」


 思いもよらず、セイルは瞬きをする。それから小さく笑った。


「蓮……こんな怖そうな人にやめなよ……」

「歩き煙草する人の仲間だと思われたくないし、怖くもない。あ、言っておくけど、俺たちの前では室内でも吸わないでよね。副流煙で汚されたくないから」

「お前、面白いな」


 笑うセイル。初対面でこんなにもハッキリと物申されたのは、初めてである。


「学生だろ、お前たち。街の外で何をしていた?」

「別に俺がどこで何をしていようと、君に関係なくない?」

「姉がクレイドルに殺されて、弟まで殺されに行くつもりか」

「っ! 俺がクレイドルを殺すんだよ!」

「蓮ちゃん!」


 鈴菜が蓮にしがみ付く。それが傷口に響いて、蓮は顔を歪めて口を閉ざした。


「雑魚にやられておいて、クレイドルを倒すとはよく言ったものだな」

「偉そうに……じゃあ君なら倒せるわけ?」

「さあな。やってみなければわからん」


 セイルは侯爵邸の敷地に入って行く。


「え……ここって……」

「早く来い。そろそろ指が腐り始めるぞ」


 侯爵邸だと分かって躊躇する3人を煽るセイル。鈴菜は慌てて蓮と翅の背中を押して、後を追った。


「あれー? 鈴ちゃんじゃん? どしたの?」


 離れに入ると、風呂上がりのラリィがリビングに居た。


「え? 誰だっけ?」

「今日、剣士隊の支部で会っただろ? オレ、ラリィ」

「そうだった? ごめんね。鈴、蓮ちゃんと翅ちゃん以外の男の子の顔の区別がつかなくて」

「いい性格してるなぁ。んで? 今度こそ『蓮ちゃん』?」


 蓮はジロリとラリィを睨む。


「剣士隊の支部? どういうこと? 鈴。また無駄な直訴しに行ったの?」

「だって……」

「ってかお前、腕えらいことになってんじゃん? どうしたんだよ、コレ」


 ラリィたちの声を聞き付けて、2階の寝室からウィルとゼンが降りて来た。


「……どうし……あぁ……」


 ゼンは一目見て、蓮の腕に毒が回っているのを理解する。回れ右をして、荷物の中の解毒薬を取りに戻った。

 セイルはコートを脱ぎながら、ウィルに指示を出す。


「バスルームで傷口を洗ってこい」

「あ、バスルームは今………………いや、一刻を争う時だから仕方ねぇな!」


 ウィルは蓮の手を引いて、嬉々とした表情でバスルームに向かう。


「リズせんぱーい! 緊急事態なんで、入りまーす!」

「は?」


 入浴中のリズの返事も待たず、ウィルは扉を開けた。


「ちっ。泡風呂か」

「緊急事態って……何なの?」


 残念ながら、バスタブに入っているリズはモコモコの白い泡に包まれていて、ウィルの期待する景色では無かった。リズはリズで、悲鳴を上げるなど可愛らしいリアクションも無い。


「え、あ、は? ちょっ……!」


 蓮だけが顔を熟れたトマトみたいに真っ赤に染めて、リズから顔を逸らす。


「こいつ、ほら支部で騒いでた鈴菜の彼氏です」

「あぁ、蓮ちゃん?」

「この腕見てくださいよ」

「あらら……しっかりと洗ってあげて」

「ちょっと! なんなんだよ、この状況は……って、痛っ! 痛いっ! もうちょっと優しくできないわけ!?」

「あーあ。眼福チャンスかと思ったのになー」


 蓮の傷口を石鹸でゴシゴシ容赦なく洗うウィル。


「傷自体はそんなに大きくねぇし、綺麗だな。解毒薬を打てば、縫わなくても大丈夫そうですよね?」

「そうね。傷はここだけ? 他は大丈夫?」

「……っ」


 蓮は首振り人形のように無言で首を縦に振り、洗い終わると逃げるようにバスルームから出て行った。


「すっげぇ慌てぶり」

「多分、彼のリアクションが普通なのよ。ウィルも早く出て行ってくれる?」

「はーい」


 肝心なものは何も見えなかったが、これはこれでいいものが見れたと、ウィルは満足しながらバスルームを出る。


「蓮、大丈夫? 顔、真っ赤だけど……」

「だ、だ、大丈夫……っ!」


 毒のせいかと心配する翅だが、鈴菜の前で本当のことは言えず蓮は首を振って応えた。

 蓮は、ゼンに解毒薬の入った注射を打ってもらう。蛇足であるが、この場合の医師免許は不要なのである。


「見えた?」

「残念ながら」


 小声でラリィがウィルに確認する。


「お前、勇気あるよなー。オレがやったら殺されてるぞ」

「まだ13歳なんで」

「時々その言い訳使うけどさ、13歳ってもう色々と許されねー歳じゃねーか?」

「声変わりするまではセーフですよ」

「そんなもんだっけ? ってかお前、声変わり始まってるよな?」

「マジで? 自分じゃよくわかんなくて。……じゃあもう、色々とアウトじゃないですか」

「ウィル……後でリズにちゃんと謝っておけ」


 静かにゼンに注意され、ウィルは小さく舌を出した。


「まだ暫く痺れるだろうが、そのうち治るはずだ。明日の朝になっても痺れが消えていなければ病院へ行け」


 傷口を消毒し、包帯を巻きながらセイルが言う。

 蓮はバツが悪そうに頭を掻いた。


「蓮ちゃん。ちゃんとお礼言った方がいいんじゃない?」

「……ってゆーか君たち、何者なの? ここ、ディアス侯爵の邸宅だよね? 貴族や役人には見えないけど」

「オレたち、グリーンヒルから来た剣士だよん」


 ラリィの答えは、蓮にとっては意外なものだった。


「剣士? 君たち全員? この子も?」

「俺が剣士じゃマズイかよ?」


 この小柄な少年は今、13歳だと言っていなかっただろうか。蓮より4歳も年下である。


「剣士って子供でもなれるわけ?」

「才能がありゃなれるんだよ。っつーか、子供って言うな。微妙なお年頃なんだから」

「魔物1匹が倒せなくて、遂に子供まで投入するんだ? この国自慢の専属剣士サマは、本当に頼り甲斐があるね」

「命の恩人に向かって口が悪ぃ野郎だな」


 額に青筋を浮かび上がらせるウィル。


「クレイドルの被害者の弟だ」

「おと……弟かよ」


 セイルの言葉を聞いて、ウィルの怒りは矛先を失った。


「わざわざグリーンヒルから来たってことは、貴方たち強いんでしょ? クレイドル、退治できる?」

「オレ以外はみんな強いから大丈夫。ちゃんとやっつけてくれるからな」


 縋るような鈴菜に、ラリィが笑顔で答えた。好みのタイプ、どストライクの女の子の上目遣いはたまらない。


「ラリィちゃんは弱いの?」

「オレは根性だけで戦うタイプ」

「あははっ。何それ」


 声を上げて笑う鈴菜。その笑顔が、ラリィのハートに矢を突き刺しまくる。


「あー! くっそ可愛いなぁ! お前ら、ホントに付き合ってんの!? 羨ましすぎるんだけどー!」


 蓮の背中を叩きながら悶えるラリィ。


「はぁ!? な、何なの急に!?」

「鈴は、生まれた時から蓮ちゃんのお嫁さんになる運命なの♡」

「やめろって! そういうの恥ずいから!」

「オレもそんな事言われてみたーい!」

「……いいな。なんか……青春だな……」


 ゼンもなんだか羨ましそうである。


「鈴と、蓮ちゃんと翅ちゃんは親同士も仲良しで、生まれた病院も一緒の幼馴染なんだよ。小学校も中学も高校も一緒なの」

「いいわねー。私たちとは世界が違って、羨ましいわ」


 バスローブを羽織ったリズが、バスルームから出てきた。濡れた髪をタオルで拭きながら、笑顔で蓮の顔を覗き込む。


「あっ! 女の子はそれ以上蓮ちゃんに近づいちゃダメ!」

「蓮ちゃん。剣、返してくれる?」


 鈴菜の牽制は聞き流し、リズは蓮の目を真っ直ぐに見る。蓮はビクリと肩を揺らし、その隣では翅が深いため息をついた。


「え、な、な、何の話……?」

「剣士隊から剣を1本盗んだの、貴方でしょ?」

「し、知らないし……」


 今日、支部で剣が足りないという話があった。バスルームまで聞こえて来た会話とこの状況を見ても、蓮が怪しすぎる。


 セイルも勿論それに気付いていた。魔物に襲われただけならともかく、その魔物を殺したとなると、魔法が使えるか剣を持っているかのどちらか。蓮が魔法を使えるようには見えなかったし、街の高校生が剣を所持しているとも思えない。盗んだ剣をどこかに隠しているのだろうと思ったが、そこに興味は無かったので敢えてスルーしていた。


「窃盗は罪よ? 警察に通報されたくないでしょ?」

「俺が盗んだって証拠でもあるの? 無いよね? だったらそんなの、ただの言い掛かりだよ」

「蓮……」


 蓮を肘で小突く翅。観念しろという意味だが、蓮は翅と鈴菜の手を取ると、リズたちに向かって頭を下げた。


「手当てしてくれてありがとうございました。それじゃあ失礼します!」

「蓮ちゃん! ちょっと……!」

「蓮、もう諦めようよ!」

「いいから帰るよ!」


 ぐいぐいと2人の背中を押して、ゲストハウスを出て行く蓮。

 リズは困った顔で彼らを見送った。


「支部から剣を盗んだって……もしかしてあいつ、自分でクレイドルを倒すつもりってことですか?」

「姉の敵討ちでもしたいんじゃないか」


 ようやく煙草が吸える、と火をつけるセイル。


「分かっていたなら止めてあげてよ」

「痛い目に遭ったんだ。もう懲りてるだろ。それよりもーー」


 セイルは、部屋の隅に移動して窓の外を眺めているゼンを見てから、バスローブ姿のリズに言う。


「目のやり場に困っている奴がいるが、いつまでその格好でいるつもりだ?」

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