64.女子高生
「なぁなぁ、やっぱりあの山って魔物出るの?」
今の険悪なムードをものともせず、何事もなかったかのようにラリィが尋ねた。
「あ……出ますよ。時々竜も出ますし」
「竜!?」
ラリィは嬉しそうな声を上げる。
「マジで? オレ、竜は見たことねーの! 人間は襲わないんだろ? カッコイイ? デカい? どんな感じ?」
「あ、いや、そんな近くでは見たことはなくて、遠くの方にチラッと見える程度で。ティルアの国境に近いんで、そのせいですかね。ティルアでは竜はそんなに珍しくないそうですよ」
「見たいなー、竜。白い竜を見るといい事あるらしいぜ」
「馬鹿くせぇ。そんなジンクス信じてるんですか?」
「ウィルは見たことあんの?」
「そりゃ、ありますよ」
「いい事あった?」
「あれば俺は今ここにいませんよね」
「確かに!」
言って笑うラリィ。本当は笑い事ではないのだが。
その時、会議室の外から何やら騒がしい声が聞こえて来た。甲高い女の声である。
「……なんだ?」
「ああ……また来た」
不思議そうなゼンと、ため息をつくセドリック。
「なんだろ。痴話喧嘩かな」
ワクワクしながらラリィが会議室を出て、声のしたエントランスホールの方へと向かう。その後ろを、他の者達もついて行く。
「いつになったら退治してくれるの!? もうこれ以上待てないの!」
「そう言われても、俺らも最善を尽くしてるんだって。さっき援軍も到着したから近いうちにーー」
「近いうちじゃダメなの! 今! すぐ! ナウ!」
入り口近くで、学生服を着た女と隊士とみられる男が言い合いをしていた。黒髪で小柄な女子学生の方が、一方的に隊士に詰め寄っている様子であるが。女の後ろには、同じ学校の制服姿の男もいる。
「あの人たちは?」
「あの女子高生……鈴菜って名前の子なんですけど、頻繁に早くクレイドルを退治してくれって直訴しに来るんですよ。言われなくても頑張っているんですけどね」
泣きそうな顔で隊士に縋る鈴菜を不思議そうに見るリズ。
「お願いだから早く退治してよぉ! 蓮ちゃんまで殺されちゃう!」
「蓮ちゃんって?」
ラリィが鈴菜に近付き、声を掛けた。鈴菜は涙を溜めた大きな目をラリィに向ける。
(はぁ……♡ すっげー可愛い!!)
ラリィの好みのタイプ、ストライクゾーンのど真ん中だ。
「蓮ちゃんは、鈴の大事な彼氏! 将来の旦那様!」
「あ……そ。彼氏ね」
速攻で興味を失ったラリィは、鈴菜の後ろで終始困ったような顔をしている男を指差した。
「蓮ちゃん?」
「いえ、僕はただの友人です」
「ねぇ、翅ちゃんもお願いして! 早くクレイドルをやっつけてって!」
「ねぇ……やめようよ、鈴。この人たちだって放置してるわけじゃないんだからさ」
「放置してきたから、蓮ちゃんのお姉ちゃんが……っ! これで蓮ちゃんまで殺されちゃったら……鈴……鈴……もう生きていけないー!」
床に座り込み、大声を上げて泣き出す鈴菜。
周りの隊士たちは揃って困った顔で鈴菜を見ているが、翅と呼ばれた友人は慣れた様子で隊士たちに頭を下げた。
「毎度お騒がせしてすみません」
そして軽々と鈴菜を抱き上げると、出口の方へと踵を返した。
「翅ちゃん! 諦めないでよ!」
「はいはい。こっちの人たちに迷惑をかけるより、蓮を説得しに行こうね」
「うぅ……!」
そして静かにドアが閉まった。
「学校に連絡しようが親に言おうが、あれが1日置きにやって来ます」
「たまったもんじゃねぇな」
そう言ったウィルだが、制服姿の女子高生は魅力的であった。
「今の、絶対ラリィ先輩のタイプでしたよね」
「めっちゃくちゃ可愛かったよなぁ! ウィルはギャルの方が好みなんだっけ?」
「ギャル、可愛くないですか? ゼン先輩は? そういや先輩の彼女は見た事ねーや」
会議室に戻りながら、恋愛話に花を咲かせるウィル、ラリィ、ゼン。
「ゼンも割と最近別れたんだよな? 『ゼン君は何を考えているのかわからない!』っつって」
「……なんで知っているんだ……?」
「優しそうな子だったよなぁ。おっとりしてるっつーか」
「だから……なんで知っている……」
「なるほど。ゼン先輩は癒し系がタイプですか」
「……くだらない」
男たちの話を聞きながら、リズは呆れる。
「あ、リズ先輩の好みは知りたく無いんで、言わないでくださいね。俺に望み無くてヘコみそうなんで」
「いやいや、ウィル。リズはセイルとーー」
「違うって言ってるでしょうが!」
リズの拳がラリィの後ろ頭に入ったところで、4人は会議室に戻ってきた。
会議室の中では、その場を離れなかったセイルが、煙草を咥えながら黒板に貼られた資料に目を通していた。
「何だったんだ?」
「早くクレイドルを倒せって、女子高生の抗議よ。こっちは何か気になる事でもあった?」
資料はどれもクレイドルによる被害者のものばかりである。被害者の生前の顔写真と、グロテスクな現場写真。簡単に被害状況や場所が書かれた書類。
「いや……」
セイルは煙草の煙を吐き出しながら、生存者がいたという、被害者3名の写真を見ている。3名のうち1名は女性である。
「楓=オータムリーフ……」
「綺麗な人ですね。勿体無ぇ」
生前の写真を見て、ウィルが呟いた。長い黒髪の、若い清楚な女性である。
「『蓮ちゃん』の姉ちゃんですかね?」
他の被害者に若い女性はいない。
「このねーちゃんがどうかしたのか?」
楓の現場写真を、他の写真と見比べるようにしているセイル。ラリィも同じように見てみたが、どれも鋭い爪か牙かで裂かれ、原型を留めていないようなものばかりである。
「……なんでもない」
「それじゃあーー侯爵のところに行きましょうか。さっき支部長が伝話で私たちの到着を伝えたらしいわ」
「だから守護剣士だけでーー」
「班全員で、ということらしいわよ」
セイルはため息と一緒に、長く煙を吐き出した。




