63.グランチェス支部
「ーーここか?」
先に進んでいたセイルが建物の前で立ち止まっていた。掲げられた看板に、グリーンヒル専属剣士隊の文字がある。
「……そうね。ウィルは?」
少し不貞腐れた顔のリズは周りを見渡す。ウィルの姿は無いが、建物の中に進む足跡が雪の上に残っているので、先に入ったのだろう。
全員で建物の扉を開けてくぐると、やはり既にウィルはそこのエントランスホールに居て、大きな暖炉の前に手を翳していた。
「あぁ……天国……」
「えぇと……この子のお連れさんで?」
暖炉の側にいた男が、困惑した顔でウィルとリズたちを交互に見る。
「あ、すみません。私たちグリーンヒル本部から来ました。第3部隊1班、班長のリズです」
「ああ! 話は聞いているよ。守護剣士の班が援軍に来てくれるとは……遠路はるばる、ご苦労だったな。グランチェス支部長のランドルだ」
ランドルはリズが差し出した手を握り返し、暖炉から離れないウィルを振り返る。
「と言うことは、彼が史上最年少の守護剣士、ウィル=レイト君?」
「はい。ウィル、支部長にご挨拶して」
「うぃっす」
やはり暖炉の前から、軽く頭を下げるだけのウィル。リズがフォローしようと口を開きかけたが、ランドルは豪快に笑った。
「ここに彼が練習生だった時の同期がいてね。どんな人となりなのかは聞いているよ。さぁ、外は寒かっただろう。中まで入りなさい」
ウィルたちは奥の会議室へと通された。冬の寒さが厳しい街なので暖房設備はしっかりとしており、すべての部屋だけでなく廊下までじんわりと暖かい。
荷物を置いたウィルたちに暖かいココアが出され、ほっと一息ついているところに、改めてランドルが隊士を連れて会議室へと入って来た。その隊士の顔を、ウィルは知っている。
「おー。久しぶり。名前は知らねぇけど」
「セドリックだよ。同期の名前くらい覚えてろよ」
セドリックは半眼でウィルを睨む。その雰囲気からして、好意的とは思えなかった。ウィルもまた、嫌な人物に出会ってしまったという顔をしている。
「ウィル君の同期から今回の説明をさせてもらおうと思ってね」
そんな2人の胸中は知ってか知らずか、ランドルは笑ってセドリックに目線で促した。
セドリックは頷き、持っていた資料を黒板に貼り付けていく。そのほとんどは、血に塗れた写真である。
「ターゲットは『クレイドル』と呼ばれる魔物です」
「クレイドル……?」
口の中でおうむ返しをするゼン。聞いたことのない名前の魔物である。
「我々が名付けた呼び名です。グランチェス近郊に出没するのですが、詳細は不明です。大きな熊に似ているとのことですが、目撃情報があまりにも少なくて」
「詳細不明の不確かなものを狩れと?」
「遭遇者はほぼ確実に殺されているんです。なので情報が入ってこない」
セドリックの話はこうだった。
昨年の春辺りから、グランチェス近郊で不審な死体が出るようになった。獣に喰われたような跡から、初めは熊だと思われた。そこで猟師が狩りに出たが、今度はその猟師が喰われるようになった。これは魔物の仕業かもしれないと剣士が討伐に出たが、剣士も喰われた。被害者は既に20人を超え、グランチェスの人々は正体不明のものに怯えきっている。
「目撃者は民間人1名のみ。友人4名といたところに遭遇し、そのうちの3名が襲われているうちに逃げ出したとのことです。目撃者の証言によると、後ろ姿は大きな熊のようであった、と」
「それで、なぜ『ゆりかご』?」
リズが尋ねる。
「皆、突然眠るように倒れたそうです。推測でしかありませんが、おそらく獲物を眠らせる能力を持つ魔物なのではないかと。それも顔を見ただけで眠ってしまうほど、強力な。唯一の生存者はクレイドルの顔は見ていないそうです」
「何だそれ。そんなヤバいヤツだなんて聞いてないんだけどーー……あ」
不気味な魔物に嫌気が差し掛けたウィルの脳裏に、ひとつの仮説が浮かび上がった。
「そういうヤバい魔物を作りそうな奴に心当たりがあるわ……」
「オレも同じ事考えてた」
「……同じく」
セイルとリズも無言で同意する。
ーー弥月だ。
「どう言う事か説明してもらえるか?」
リズはこれまでの経緯と、自分たちがここへ来た理由をかいつまんでランドルに説明した。
「弥月……リムの村、か」
「グランチェスがリムの村に一番近いですよね。何かご存知ありませんか?」
「いや……恥ずかしながら、私もまだその村には行ったことがないんだよ。4年ほど前、あの山で遭難しかけた冒険者がたまたま村らしきものを発見して、それで国の調査が入るようになったんだ。部隊長直々に村に出向かれたのだけれど、とても険しい道だったと仰っていたよ。物見遊山で行けるような場所では無い……しかもこの季節では、死にに行くようなものだ」
ランドルの言葉に、ウィルはうんうんと深く頷いている。
「ともかく、村のことはそのクレなんとかってのを倒してからだな。ここで全滅したら弥月どころじゃねーし」
「出来れば直接、目撃者の話を聞いてから行きたいわね」
ラリィとリズが言う。
「では目撃者の方へは連絡をしておこう。それからーー」
ランドルは少し言いにくそうに、ウィルたちを見る。
「この街の領主と知り合いかな?」
「ディアス侯爵? 知り合いってほど親しくねぇけど」
「守護剣士が来ることをお伝えしたら、到着次第屋敷へ来るようにと言付かっている。屋敷に滞在して欲しいと仰っていたが……」
これに難色を示したのは、ウィルとセイル。
「えー!? 堅苦しいのヤだって! 支部の寮が使えるって話だったんじゃねぇの!?」
「守護剣士たちだけで行って来い。俺は遠慮する」
「でも……悪い方では無かったし、取り敢えず行くだけ行ってみましょうよ」
内心リズも行きたくは無かったが、侯爵の言葉を無下には出来ない。
「まぁ、ここではゆっくりして行くといい。何か必要な物があれば誰かに声を掛けなさい」
そう言って退室しようとドアを開けたランドルのところへ、隊士がひとりやって来た。
「支部長。やっぱり1本足りません」
「研ぎに出ているものや、打ち直すものも数えたか?」
「はい。折れたものまで数えましたが……」
ランドルは深いため息をつきながら、隊士と共に部屋から遠ざかって行った。
リズはセドリックに視線で、何かあったのかと尋ねる。
「あー……剣が1本足りないみたいなんですよ」
小声で言うセドリック。
剣士隊が所有する剣は、不備がないように整備され管理されているものだ。万が一討伐中に紛失したりすれば、ちゃんと報告して始末書を書かなければならない。
「それよりも、ウィル=レイト。相変わらず元気そうだな」
「仲間でもいざとなったら斬り捨てるような冷たい奴だからなぁ、俺。元気元気」
入隊試験の後、ウィルのことをそう称していたのはセドリックである。だから顔だけは覚えていたし、良い印象も持っていない。
「俺は入隊式の後、すぐにこっちに来たから葬儀には出られなかったけど、お前は行ったんだって? よく顔向けできたよな。お前がもっと早くカストの異常に気付いていれば、ふたりとも死なずにすんだのに」
「終わったことをゴチャゴチャうるせぇな」
険悪な様子で睨み合うふたり。
「お前、あの山の中の出身なんだろ? そりゃあ魔物にも慣れてるはずだよな。とっととクレイドルを倒してくれよ、田舎モンの守護剣士サマ」
「魔物1匹に手こずるなんて情けねぇな。こんなのが同期だなんて恥ずかしくて外も歩けねぇわ」
「……んだと、てめぇ!」
「おぉ! やるなら表出ろよ!」
互いに胸倉を掴み合う。今にも殴り合いの喧嘩を始めそうである。
「喧嘩か! やれやれ!」
「煽るんじゃないわよ、馬鹿。ふたりとも、やめなさい」
煽るラリィを黙らせて、リズはウィルとセドリックの間に入った。
「喧嘩をするなら、仕事が終わってから私のいないところで勝手にやって。今、そういうことをされると迷惑だわ」
「す……すみません」
慌てて手を離すセドリックと、舌打ちをして離れるウィル。
ちなみに、ゼンとセイルは特に仲裁するつもりもなく、成り行きを眺めているだけである。




