56.眠る時に
「えっと……おやすみ、なさい」
「……おやすみ」
一方、フォトを寝かしつけに部屋を移動したゼン。
ランプの明かりを消そうとして、ふとその手を止めた。
「明かり……あった方がいいか?」
フォトが小さく頷くのを見ると、明かりは消さずに少し小さくした。
ほっとして、フォトはベッドの布団に入る。そして頭まで布団を被ると、体を丸めた。
ゼンはもう1台あるベッドに腰掛け、それをじっと見つめる。
「……苦しくないか」
「……うん」
「そうか」
サイドボードの上の置き時計。その秒針が動く音だけが、部屋の中に響く。
(俺は……ランク家ではどうだった……?)
引き取られてすぐ、どうやって眠っていたかを思い出す。
確か自分も、暫くは暗闇が怖かった。明るい部屋でああやって頭まで布団を被り、丸まって寝ていた気がする。
寝ている時に、突然殴られないように。恐怖から自分自身を守るように。
しかしあの家には、同い年のセイルと、3歳年上のクリストファーという兄がいた。いつの間にかセイルとクリスが部屋に遊びに来るようになって、狭いベッドで3人で寝るようになった。そうしているうちに、眠ることが怖くなくなっていた。
(俺には、あの家の人たちがいた。この子には……)
ゼンは立ち上がって、フォトのベッドの脇に腰を下ろした。そして布団の中に手を入れて、フォトの小さな手を握る。
びくっとフォトの体が大きく揺れた。
「……リズは、どうやって寝かしつけてくれた?」
「あ……えと……お話。色んなお話、聞かせてくれた。昔話とか、お姫様のお話とか……」
「そうか……」
それは自分には真似出来なさそうだと考える。
「あの、ね。ラリィくんが、お歌を歌ってくれたことも、あるよ。すごく、上手」
「ああ……」
ラリィは酔ったらよく歌うので、上手なのは知っている。しかしそれも、自分には真似できない。
さて困ったとゼンが天井を見上げた時、フォトの手がぎゅっとゼンの手を握り返した。
「お兄……ちゃんは……手を、繋いでくれる」
じんわりと温かくて、大きな手。
「嬉しい」
「……」
ゼンは言葉が出なくて、手を握ったまま、布団の小さな膨らみをじっと見詰めた。
そのうち規則正しいフォトの寝息が聞こえてきて、布団をそっと捲る。息苦しくないように、顔だけ出してあげた。
(俺にも、あの人の血が流れていてーー)
起こさないようにそっと手を離し、その手でフォトの頬に触れてみた。
(だから、もしかしたら俺も、あの人たちみたいな事をするのかも……しれない)
だからフォトは、自分と居てはいけないと思う。理由も無く存在を否定されてきた自分が、同じ境遇の妹を育てられるはずがない。
この子にはまだ笑顔がある。その笑顔を守ってくれる人に、育ててもらうべきなのだ。
⭐︎
「花畑っつーか、毒蟲畑ですね」
「ロマンチックの欠片もないわね」
ハルトブルグの住宅街を離れたところに、畑があった。
この街が花の都と呼ばれる根幹には、恵まれた気候と豊かな水源と土地がバランス良く揃っていることがある。中でも土が良い。そして良い土には虫が住み、その肥えた虫を好む魔物もいる。それが毒蟲。体長10センチから30センチまでの、毒を持った棘が身体中にある毛虫のような魔物である。
「畑を放置するからこんなことになるのよ」
リズは足元に蠢く毒蟲たちを刀で突きながらぼやいた。
この畑の所有者が中途半端に手入れを放棄したが為に、虫が繁殖し毒蟲が発生した。そこですぐに駆除していれば良かったものを、それすらも放置し、今や夥しいほどの数に増えている。毒蟲を好む魔物、蟲喰鳥が集まるのも無理は無い。
「うげぇ……きもっ。くっせぇし、ゲロ吐きそう」
「スライムの方がまだマシだわ」
「もうこの畑、毒のせいでしばらく使えないですね」
ウィルも剣で蟲を潰して行く。大剣で地面に這う蟲を斬るのは、意外と骨の折れる作業である。
「これで蟲喰鳥に人が襲われたとしたら、誰が責任を取るんですか?」
「畑の所有者でしょうね」
「ですよねー」
剣士隊は基本的には国の税金で運営されているが、こういうパターンは個人に払わせるべきだとウィルは思う。
「それにしても……」
リズは手を止めて空を見上げた。視界を遮るものはなく、遠くまで空が広がっている。
「いないわね、蟲喰鳥」




