55.弥月の思惑とは
「一応、仕事の話もしておかないとね」
夜。宿の1室に集まって、リズがそう話を切り出した。
「街の外れの花畑に、毒蟲が住み着いているらしいわ。毒蟲も人間に害があるけれど、その毒蟲を狙って蟲喰鳥が来る。そっちの方を退治して欲しいそうよ」
「鳥ですかぁ……」
面倒臭そうに呟くウィル。
鳥は空に逃げるので、厄介極まりない。魔法なら簡単に駆除できるのだが、と思いゼンを見る。
「魔法士協会では何て言われたんですか?」
「……よくわからない」
ゼンは協会で話した魔法士の言葉を伝える。
特に悪いものは感じないので、呪術の類ではなさそうである。おそらくは、イップスのようなものではないか、とのことだった。
「イップスって?」
「特にこれといった原因は無いけれど、今まで出来ていたことが出来なくなることよ。スポーツ選手に多いって聞くけど、魔法使いにもあるなんて……」
ラリィに説明をするリズ。
「別に病気とか、弥月の仕業じゃないってことだよな? それなら良かったじゃん」
「良くは……無いだろう」
「またそのうち元に戻るって! 戻らなくても、ゼンは剣士なんだから。剣があれば戦えるだろ?」
「それはそうだが……」
楽観的なラリィの言葉を聞いていると、少し気持ちは楽になる。
「とにかく明日は、家の片付けと遺骨の埋葬を終わらせる。葬式はどうする? ちゃんとやるのか?」
セイルがゼンとフォトに尋ねた。
「正式にやるつもりはない。報せる人間もわからないし……俺と……この子だけが立ち会えばいいと、思っている」
「私は……わからないから、それでいい」
「それじゃあ、ゼンとフォトが教会に行っている間、家の方はラリィとセイルに任せましょう。私とウィルは、花畑の蟲喰鳥を見てくるわ」
リズがそう言った時、フォトが大きな欠伸をした。時計に目を遣ると、子供にはもう遅い時間だった。
「フォト、そろそろ寝ようか」
「うん……」
リズとフォトは同室である。リズが手を繋いで連れて行こうとしたが、ふと考えてその手を放した。
「リズちゃん?」
「ゼン。連れて行ってあげてくれる?」
「……俺?」
ニコリと笑顔で頷くリズ。
「はい、これが鍵。ちゃんと寝付くまでいてあげてね」
「……」
鍵を押し付けるように手渡され、ゼンはそれとフォトを困ったように交互に見た。
「……リズ」
「わかった……」
非難めいた目を向けるセイルを遮って、ゼンは立ち上がる。そして無言でフォトの手を引いて、部屋を出て行った。
「強制するものではないだろ」
「いつまで待っても自分から関わろうとしないんだから、仕方ないじゃない」
セイルの言葉に、リズは呆れた声で反論する。
「私だって、ゼンにフォトを引き取れなんて言わないわ。でも、あの子がどんな子で、何を望んでいるかも知らないのに、適当な施設に入れるようなことはして欲しくないの」
「ゼンはそんなこと……」
「そんなことしないのは分かってる。でも背中を押さなきゃ動かないのも知ってる。セイルはゼンの肩を持ちすぎよ」
「……」
バツが悪そうに煙草の灰を落とすセイル。
全部リズの言う通りである。セイルはハーニアス夫妻のことも、フォトのことも、ゼンを煩わせる面倒なものだとしか思っていない。
「まったく……弥月は余計なことをしてくれたな」
「それなんだけどさぁ」
ラリィが思い出したように手を挙げた。
「弥月って、ウィル以外には敵意らしい敵意が無いような気がするんだよな」
「どういう意味ですか?」
「ウィルのその指輪はもともと弥月の物で、それを奪ったウィルの家族が許せない……ってのが、弥月の言い分だろ? 実際、ウィルの父ちゃんと母ちゃんはそれで殺されたし、ウィルも侯爵の別荘で殺されかけてた」
「俺だけじゃなくて、あの屋敷にいた人間丸ごとでしたけど……」
「その中でも弥月が殺そうとしたのって、ウィルだけじゃん? あとはオマケ、みたいな」
ウィルはあの時の、自分の頭に添えられた弥月の手の感覚を思い出し、背筋が寒くなる。あと数秒ラリィが来るのが遅れていたら、確実に死んでいた。
「リズの時は、別にリズを殺そうとはしてなかったよな」
「……私がどうするかを見て、楽しんでいるようだったわ」
「今回のこれも、ゼンに敵意があるわけじゃなくて、ただ成り行きを見てるだけだと思うんだ」
「……何が言いたいんだ?」
セイルが先を促すと、ラリィはウィルの首に下げた指輪を指差した。
「やっぱり、原因はコレなんだよ。コレが何なのかわからない限り、オレたちは弥月につけ回されて、ウィルはそのうち絶対に殺される」
「でも俺、コレが何なのか本当に知らないんですよ」
「だからさ、行ってみないか? ウィルの家」
「は?」
口を開いたまま、ラリィを見詰め返すウィル。
「嫌ですよ。大体、グリーンヒルから1ヶ月くらいかかりますし。そんな遠いところ、許可が出るわけないじゃないですか」
「……交渉してみてもいいとは思うけど」
考え込むリズ。
確かにラリィの言うことも一理ある。
「中途半端に故郷を飛び出して来たんだろ? ちょうどいいじゃん」
「良くない! 調べるなら誰か人をやればいいだろ!」
「事情がよくわからない他人が行くより、本人の方がわかることもあるかもだし」
「ヤだ! 絶対ヤだ!」
「ガキだなぁ……」
「ガキで結構!」
頑として首を縦に振らないウィルの首元で揺れる指輪を、セイルはちらりと見る。
「ウィル。それ、見てもいいか」
「いいですけど」
ウィルは首からネックレスを外して、セイルの手の上に乗せた。
何の変哲もない、ただの銀の指輪。内側に何かの模様が彫られてあるくらいである。
セイルの頭の中が、チリチリと痛む。その不快な痛みに耐えながら、じっと指輪に視線を向けた。
「……ちっ」
セイルは片手で頭を押さえながら、指輪をウィルに返す。
「セイル? 大丈夫?」
セイルの顔を覗き込むリズ。顔色が悪い。
「何でもない」
頭が痛い。
その痛みを紛らわせる為に煙草を吸ったが、それでも痛みは鎮まらなくて、セイルは立ち上がった。
「飲みに行ってくる」
「あ、ズルい! オレも!」
「お前はうるさいから来るな」
着いてこようとしたラリィを制し、セイルは部屋を出て行った。




