54.ゼンの実家
家の鍵は、遺留品として警察に1度回収され、ゼンの手に渡っていた。
鍵を開けて玄関をくぐる瞬間、フォトはラリィの手を強く握った。
「外で待ってるか?」
「ううん。大丈夫」
「なんか……意外と綺麗ですね」
ウィルの勝手なイメージだが、もっと荒れた家だと思っていた。しかし実際は、掃除は行き届いており、余計な物はほとんど無く整然としている。
「潔癖症……だった気がする」
ゼンが言うと、フォトも頷いた。
「ママは、汚いと怒るの」
「やる事は汚ぇのに?」
ラリィはズカズカと家の中に入り、室内を物色する。
「食器は全部2人分。椅子も2脚。タオルも2枚。写真は1枚も無し!」
他人の家なのに、腹が立って仕方が無い。
キッチンも、バスルームも、2階の寝室も、全て綺麗だ。綺麗に、2人ぶん。
どこにもゼンどころか、フォトの形跡も無い。居場所が無い。まるで最初から存在していないかのようだ。
「なんで……産んだのだろうな……」
ゼンは2階の寝室を覗きながら、呟いた。フォトはウィルと一緒に1階に居る。
「こんな扱いをするくらいなら……最初から、産まなければいいのに」
本来ならば子供部屋であろう部屋には、何も無い。カーテンすら取り付けていない部屋の真ん中に、ゼンは立つ。
「俺やあの子は、何なのだろう……」
「ゼン……あのさ」
「慰めて欲しいわけじゃない」
ただどう足掻いたところで、この子供部屋に自分のベッドが用意される事は決して無かった。その事実が虚しくて、そんな自分にこれから何が出来るのか、わからなくなってしまっただけ。
「……思っていたより、早く片付きそうだ」
業者を呼んで全て処分すれば、1日で終わるだろう。後は家ごと売却すればいい。
「オレさ、この家大っっ嫌い! あの2人がお前らの親だと思うだけでぶっ殺したくなる。もう死んでるけどさ。だから正直言って今回は、弥月にちょっとだけ感謝してる」
「……」
「ゼンはそう思わねーの?」
「……どうだろう。この件がなければ、あの子の事も知らないままだった、から……そういう意味では良かった、のかもしれない。でも……」
「でも?」
「死んで良かったとも、思わない。本当に、何とも思わないんだ……」
そう言って、自分自身で気がついた。
ひょっとしたら、これが母たちが自分に抱いていた気持ちなのかもしれない、と。生きていようと死んでいようと、どちらでもいいし興味も無い。ただ視界に入らず、声も聞こえない場所にいてくれたらいい。
(結局、親子だということか……)
「ゼン?」
「……ひとまず、片付け業者を、探してくる。あと……魔法士協会にも行ってくる」
「あ、ああ。誰か一緒にーー」
「必要ない」
短く返事をして、1階へ降りて行くゼン。その背中を見送ってから、ラリィも下へ降りた。
「ゼンは出掛けてくるってさ。フォト、かくれんぼでもするか?」
「あ……で、できる……かな?」
「目が見えてないのに、できねーだろ」
冷静にツッコむウィル。
ラリィはフォトの頭をくしゃくしゃと撫でると、手近な椅子に座った。
「お前のにーちゃん、どーしたもんかなぁ」
「ゼン先輩が、どうかしたんですか?」
「んー……」
考え込んでしまったラリィに、フォトが不安そうな表情を浮かべる。
「私、多分……迷惑かけてる、よね?」
「いや、そんなことはーー」
「警察の人が、孤児院があるって言ってた。私がそこに行ったら、お兄……ちゃん、困らないよね?」
フォトの言葉に、ラリィは大きなため息をつく。
「お前たち兄妹はホント……相手のことを考えすぎっ! 気持ちはわからなくもねーけどさ、もっと、こう……楽に考えようぜ?」
「楽、に?」
きょとんとするフォトの鼻先に、ウィルは指先を突きつける。
「お前はどうしたいんだよ? ちなみに俺も、孤児院に行くか他所の家に引き取られるかって言われたけど、絶対に嫌だっつって逃げたからな」
「ウィルくんも?」
「俺は嫌だった。けど、お前に合った孤児院もあるだろうし、行きたいなら行けばいい。行ってみて合わなければやめればいいし。とにかく、ゼン先輩に迷惑かけたくないからって、我慢してまで行くことねーよ」
それを聞きながら、ラリィがパチパチと拍手する。
「そうそう! それに、ゼンは迷惑だなんて思ってねーぞ? お前のにーちゃん、めちゃくちゃ優しいからな。この間、酒飲み過ぎてゼンのベッドにゲロ吐いたのに、怒らずに片付けてくれたし! あれがセイルのベッドだったら、マジで殺されてたと思う。あと、勝手におかず食っても怒らねぇし、普通に奢ってくれるし、苦手な仕事も代わってくれるし!」
「聞いてるだけだと優しいってゆーか、ただの都合のいい人なんですけど大丈夫ですか?」
「あれ? マジで?」
フォトが小さく笑った。
「ゼンはさ、フォトがどうしたら幸せになれるか、めちゃくちゃ一生懸命に考えてると思う。考えすぎて、わけわかんなくなってんだ。こーゆーのは、お互いちゃんと顔をつき合わせて話さなきゃ!」
「……うん……」




