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I'll  作者: ままはる
第五章
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魔法が使えない

「いいかぁ、よく見てろよ? この一輪の花が……ほいっ、キャンディに変身!」


ラリィが手にしていた赤い薔薇が、一瞬でカラフルなロリポップに変わった。

フォトは目の前に差し出されたそれを目を凝らし、よく見る。彼女のぼんやりとした視界では、何が起きたのかよくわからなかった。だが。


「す……すごい……と思う!」


「ラリィ先輩。子供に気ぃ遣わせてますよ」


「うーん……やっぱ手品はダメかぁ。じゃあ、みんなで歌でも歌う?」


ハルトブルグに向かう馬車の中。ラリィはフォトを自分の膝の間に座らせて、ずっと相手をしていた。

手品を見せたり、手遊びをしたり、色々と試しては彼女との距離を縮めることに努めている。


「フォト。気持ち悪かったらこっちに来ていいからね」


「あ……えっと……」


「リズ? 気持ち悪いって、オレのこと?」


「あなた以外に気持ち悪い人間がここにいる?」


「気持ち悪くないよなー? オレとフォトはもう友達だもんなー?」


「え……あの……?」


「ラリィ先輩。だから、子供に気ぃ遣わせてますって」


「はぁ……うるさい」


賑やかな車内に、セイルは舌打ちする。


「ラリィは子供が得意だから……助かる」


ゼンはあれから、妹とほとんど会話をしていない。元来、会話の糸口を掴むのが苦手であるし、フォトの方からも近寄ってはこなかった。大きな声を出してしまったので、萎縮させてしまったのかもしれない、とゼンは考える。だからフォトの相手をしてくれるラリィや、同性のリズ、歳の近いウィルがいてくれて助かった。

しかしセイルは、呆れた顔でラリィを見ている。


「得意で済ませていいのか? アレ」


「フォトは可愛いなぁ♡ あと五年くらいしたら、もっと可愛くなりそうだなぁ♡」


「やめなさいよ! このロリコン!」


「あの、えっと……」


フォトの頭に頬擦りするラリィを、引き離そうとするリズ。フォトはおろおろするばかりである。


「リズはオレが子供と仲良くすると、すぐ怒るよな。なんで? 嫉妬?」


「馬っ鹿じゃない? 気持ち悪いからに決まっているでしょ」


「別に下心があるわけじゃないしー」


「本当に無いって言い切れる?」


「……言い切ることにしてる!」


「何よ、それ」


「子供の目ってさぁ、ホントに綺麗なんだよなぁ。なんかいい匂いするし。ほっぺもプニプニで可愛いし」


「あなた、犯罪者の一歩手前だっていう自覚はあるの?」


「け……喧嘩、しないで……っ」


「喧嘩じゃなくていつものことだから、気にすんな」


「い、いつものこと……」


フォトは避難するように、ウィルの隣にやって来た。すると、ふわりと独特なにおいが彼女の鼻をくすぐった。


「あ……動物のにおい」


「マジ? 臭い?」


「ううん。動物、飼ってる……?」


「部屋にネコがいる。灰色のやつ」


「ネ、ネコちゃん……大好き」


「じゃあ、今度見せてやるよ」


「お名前は?」


「ネコはネコだよ」


「えぇ? 何それ……ふふっ」


声を出して笑ったフォトに、全員の視線が集中した。


「笑ったぁ! 可愛いー♡ やっぱり女の子は笑った顔が一番可愛いなぁ!」


「ラリィくん、く、苦しい……」


ぎゅうぎゅうと抱き締めるラリィに、フォトは苦しそうだがどこか嬉しそうである。


「なぁ、ゼン! 可愛い妹で良かったなぁ」


「あ……あぁ……」


視線を逸らすゼン。

まだ妹の実感はないので、反応の仕方がわからない。

すると突然、馬車が停まった。同時に御者の声。


「すみません、剣士さん。魔物の駆除をお願いできますか」


リズが窓から外を覗くと、コボルトの群れが見えた。街道を行く旅人を襲う二足歩行の獣で、人間から奪った武器を各々携えている。


「……俺が行く」


「じゃあ俺も」


馬車を降りるゼンとウィル。

すっかり守護剣の扱い慣れたウィルは、大剣ヴァルキリーを片手に、コボルトたちに近付いていく。

ゼンもまた、小さく魔法式を唱えながら、一番遠いコボルトに狙いを定めた。


「【e……】」


魔法を発動しようとして、突然頭の中が真っ白になった。ひどい眩暈がして、体がぐらつく。


「ゼン!」


窓から様子を見ていたセイルが、馬車から飛び出した。

コボルトが放った弓矢を剣で払い落とし、ゼンの前に出る。


「馬車に戻れ!」


「……っ」


(なんだ、これは……)


セイルの声が遠い。

魔法を失敗した時の感覚に似ているが、失敗などしていないはず。


「何やってるんだよ、ゼン!」


ラリィがゼンを担ぐようにして立たせ、馬車まで運んだ。

リズとフォトが、心配そうにゼンを椅子に座らせる。


「ゼン? 大丈夫?」


「……」


ゼンは細く息を吐いて、一番失敗しにくい明かりを灯す魔法式を唱える。


「【me……】」


また同じ。

直前で頭が真っ白になって、魔法が発動できない。

違う魔法式を唱える。しかしそれもまた、酷い眩暈と共に霧散した。

ぐらぐらと揺れる頭で、また違う魔法式を唱えーー


「ゼン! やめて!」


慌ててリズが止めた。

魔法の失敗は、時に命に関わる。


「ゼン先輩、大丈夫ですか?」


「おい。顔が真っ青だぞ」


コボルトたちを駆除したウィルとセイルが馬車に戻って来た。

ゼンの視界は白く霞み、頭から血の気がどんどんと引いていく。


「魔法が……使えない……」


そう答えた直後、ゼンの意識は暗転した。


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