魔法が使えない
「いいかぁ、よく見てろよ? この一輪の花が……ほいっ、キャンディに変身!」
ラリィが手にしていた赤い薔薇が、一瞬でカラフルなロリポップに変わった。
フォトは目の前に差し出されたそれを目を凝らし、よく見る。彼女のぼんやりとした視界では、何が起きたのかよくわからなかった。だが。
「す……すごい……と思う!」
「ラリィ先輩。子供に気ぃ遣わせてますよ」
「うーん……やっぱ手品はダメかぁ。じゃあ、みんなで歌でも歌う?」
ハルトブルグに向かう馬車の中。ラリィはフォトを自分の膝の間に座らせて、ずっと相手をしていた。
手品を見せたり、手遊びをしたり、色々と試しては彼女との距離を縮めることに努めている。
「フォト。気持ち悪かったらこっちに来ていいからね」
「あ……えっと……」
「リズ? 気持ち悪いって、オレのこと?」
「あなた以外に気持ち悪い人間がここにいる?」
「気持ち悪くないよなー? オレとフォトはもう友達だもんなー?」
「え……あの……?」
「ラリィ先輩。だから、子供に気ぃ遣わせてますって」
「はぁ……うるさい」
賑やかな車内に、セイルは舌打ちする。
「ラリィは子供が得意だから……助かる」
ゼンはあれから、妹とほとんど会話をしていない。元来、会話の糸口を掴むのが苦手であるし、フォトの方からも近寄ってはこなかった。大きな声を出してしまったので、萎縮させてしまったのかもしれない、とゼンは考える。だからフォトの相手をしてくれるラリィや、同性のリズ、歳の近いウィルがいてくれて助かった。
しかしセイルは、呆れた顔でラリィを見ている。
「得意で済ませていいのか? アレ」
「フォトは可愛いなぁ♡ あと五年くらいしたら、もっと可愛くなりそうだなぁ♡」
「やめなさいよ! このロリコン!」
「あの、えっと……」
フォトの頭に頬擦りするラリィを、引き離そうとするリズ。フォトはおろおろするばかりである。
「リズはオレが子供と仲良くすると、すぐ怒るよな。なんで? 嫉妬?」
「馬っ鹿じゃない? 気持ち悪いからに決まっているでしょ」
「別に下心があるわけじゃないしー」
「本当に無いって言い切れる?」
「……言い切ることにしてる!」
「何よ、それ」
「子供の目ってさぁ、ホントに綺麗なんだよなぁ。なんかいい匂いするし。ほっぺもプニプニで可愛いし」
「あなた、犯罪者の一歩手前だっていう自覚はあるの?」
「け……喧嘩、しないで……っ」
「喧嘩じゃなくていつものことだから、気にすんな」
「い、いつものこと……」
フォトは避難するように、ウィルの隣にやって来た。すると、ふわりと独特なにおいが彼女の鼻をくすぐった。
「あ……動物のにおい」
「マジ? 臭い?」
「ううん。動物、飼ってる……?」
「部屋にネコがいる。灰色のやつ」
「ネ、ネコちゃん……大好き」
「じゃあ、今度見せてやるよ」
「お名前は?」
「ネコはネコだよ」
「えぇ? 何それ……ふふっ」
声を出して笑ったフォトに、全員の視線が集中した。
「笑ったぁ! 可愛いー♡ やっぱり女の子は笑った顔が一番可愛いなぁ!」
「ラリィくん、く、苦しい……」
ぎゅうぎゅうと抱き締めるラリィに、フォトは苦しそうだがどこか嬉しそうである。
「なぁ、ゼン! 可愛い妹で良かったなぁ」
「あ……あぁ……」
視線を逸らすゼン。
まだ妹の実感はないので、反応の仕方がわからない。
すると突然、馬車が停まった。同時に御者の声。
「すみません、剣士さん。魔物の駆除をお願いできますか」
リズが窓から外を覗くと、コボルトの群れが見えた。街道を行く旅人を襲う二足歩行の獣で、人間から奪った武器を各々携えている。
「……俺が行く」
「じゃあ俺も」
馬車を降りるゼンとウィル。
すっかり守護剣の扱い慣れたウィルは、大剣ヴァルキリーを片手に、コボルトたちに近付いていく。
ゼンもまた、小さく魔法式を唱えながら、一番遠いコボルトに狙いを定めた。
「【e……】」
魔法を発動しようとして、突然頭の中が真っ白になった。ひどい眩暈がして、体がぐらつく。
「ゼン!」
窓から様子を見ていたセイルが、馬車から飛び出した。
コボルトが放った弓矢を剣で払い落とし、ゼンの前に出る。
「馬車に戻れ!」
「……っ」
(なんだ、これは……)
セイルの声が遠い。
魔法を失敗した時の感覚に似ているが、失敗などしていないはず。
「何やってるんだよ、ゼン!」
ラリィがゼンを担ぐようにして立たせ、馬車まで運んだ。
リズとフォトが、心配そうにゼンを椅子に座らせる。
「ゼン? 大丈夫?」
「……」
ゼンは細く息を吐いて、一番失敗しにくい明かりを灯す魔法式を唱える。
「【me……】」
また同じ。
直前で頭が真っ白になって、魔法が発動できない。
違う魔法式を唱える。しかしそれもまた、酷い眩暈と共に霧散した。
ぐらぐらと揺れる頭で、また違う魔法式を唱えーー
「ゼン! やめて!」
慌ててリズが止めた。
魔法の失敗は、時に命に関わる。
「ゼン先輩、大丈夫ですか?」
「おい。顔が真っ青だぞ」
コボルトたちを駆除したウィルとセイルが馬車に戻って来た。
ゼンの視界は白く霞み、頭から血の気がどんどんと引いていく。
「魔法が……使えない……」
そう答えた直後、ゼンの意識は暗転した。




