表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
I'll  作者: ままはる
第五章
49/54

無感情

ーー魔法士としてグリーンヒルで働いていたゼンの本当の父親は、不慮の事故で亡くなった。


入籍前に既にゼンを身籠もっていた母親は、堕胎費用を父親の両親に請求したが、堕胎できる期間は過ぎており、出産を余儀なくされた。


父親の両親はゼンを引き取ることを提案したが、母親はそれを拒否。慰謝料を受け取ると、生まれたばかりの赤子を連れて行方をくらませた。


母親はやがて別の男と結婚。

しかし男は粗暴で嫉妬深く、ゼンを毛嫌いした。特に父親の魔力を受け継いだことが気に入らず、ゼンが魔法を使おうものなら激しく叱責し、躾と称して暴行を繰り返した。


「そんなよくある……虐待家庭」


両手をパッと広げ、何でも無いことのように話すゼン。


「いや……よくは無いでしょう、そんな家……」


ウィルは続きの言葉が出てこなかった。

ウィルの家はごく一般的な家庭だと思う。母親はとにかくウィルに甘くて優しくて、父親は厳しかったけれど、尊敬できる人だった。だから、親から疎まれる気持ちは、正直わからない。


「物置小屋に放置されて死にかけていたところに……叔父さんが来て、ランク家に引き取られた」


「ゼンが十歳の頃だったな」


ライトはあの時、もっと早くに行動していれば良かったと今でも後悔している。


「正直なところ、私もゼンのことは頭の隅にはあったが、気にかけることは無かった」


きっかけは、妻だった。

ライトの妻はゼンのことは知らず、何かのきっかけで親戚の話になった折に、セイルと同い年の従兄弟がどこかにいると話した。

妻は父親の人脈と財力を駆使し、ゼンを探し出した。そして彼の置かれた境遇を知ると、断固として引き取るべきだと言い張った。

それが、十年前の話。


「取り敢えず、そのクソババアとクソジジイに殴り込みに行く?」


拳を握り締めて立ち上がるラリィ。


「いや……本当に大丈夫だ」


ちょっと乗り気で立ち上がりかけたライトを手で制するゼン。


「金には困っていない。別に構わない」


「銅貨一枚たりとも、やる必要はないがな」


不機嫌そうなセイルに、ゼンは困ったように頭を掻く。


「俺は、ランク家に来てから……幸せだった。叔父さんも、叔母さんも、俺を本当の子供のように扱ってくれた。今も……こうやって、俺の代わりに怒ってくれている」


「ゼン……」


「だから、もう充分。あの人たちには……何の感情も、ありません」


もう覚えていないけれど、遠い昔は母親に愛されることを望んでいた気がする。手を繋いで歩く親子を羨ましいと思った気がする。

しかしそんな想いを遥かに超えるほどの愛情を、ランク家では貰った。


「くっ……! なんていい子なんだ! 健気だなぁ、可愛いなぁ!」


ゼンに頬擦りする勢いで抱きしめるライトを、ウィルは心底気持ちが悪いものを見る目で見る。


「おっさん……いつもとキャラ違くね?」


「プライベートでは、いつもこんな感じだ」


ゼンはされるがままである。


「ランク家の人間は……いい意味で頭がおかしい」


「俺はそこに含むなよ」


「いい意味なのに……」


セイルは煙草の煙を吐きながら、やや自嘲気味に薄く笑う。


「お前の方が、本物のランク家の人間みたいだな」


「……セイル」


ライトは少し悲しそうな目をセイルに向けたが、すぐに笑顔を浮かべた。


「なんだ、嫉妬か! セイルも私の可愛い息子だ。ほれ、昔のように高い高いしてやろうか?」


「とっとと帰れ!」


セイルはライトを追い出し、その日の夜は更けていった。






ーーそして翌日、冒頭に繋がる。


ゼンはゆっくりと地面に置かれた首に近付いていき、血で顔に張り付いた髪を指先で払った。

苦悶の表情で歪んだその顔は、間違いなく昨日喫茶店で見た顔。隣の男は、十年前に何度も自分を痛めつけた義父である。


「ゼン! 一体何がーー」


騒ぎを聞いて駆けつけたライトが、首の前にしゃがんでいるゼンを見つけた。


「……部隊長。これ……」


「っ!」


ライトもまた、見覚えのある顔に絶句する。

ゼンの目を覆うべきか、大衆の目から首を隠すべきか、一瞬迷った。


「ーーウィル! ゼンを連れてこの場を離れてくれ」


人だかりの中にウィルの姿を見つけて、呼び付ける。


「ゼンのご両親だ」


「え……」


恐る恐る近付いてきたウィルは、その一言を聞いて強くゼンの手を引いた。


「ウィル……大丈夫だ」


「いや、大丈夫じゃ……ないでしょ」


「ウィルは班長に事情を説明して、ゼンはこのまま部屋で待機。恐らく警察の事情聴取があるだろう」


ウィルはゼンの手を引いて、足早に寮の中に入って行った。

どう声を掛けたらいいかわからず、無言で階段を上がっていく。


「……弥月、だろうか」


「え?」


「さっきの、あれ」


言われてみれば、こんなこと普通ではない。明らかにゼンの両親だと分かっていて、あの場所に晒したのに違いない。

しかし。


「冷静ですね……」


「……」


「家庭環境は違うとは思いますけど、俺は親が死んだ時、何も考えられなかったから」


「……」


ゼンは部屋までの廊下を歩きながら、黙考する。

この場合、どういう感情が普通なのだろうか。

悲しむ?

怒る?

それとも、死んだことを喜ぶものだろうか。


「何も感じないな……」


ぽつりと呟いて部屋の鍵を開けるゼンの背中を、ウィルは無言で見守る。そして部屋に入ったゼンがドアを閉じる寸前、口を開く。


「……ゼン先輩、ちょっと待って」


「?」


ウィルは隣の自室に入り、ネコを抱えて出て来た。


「俺、戻ってリズ先輩に報告してから仕事に戻るんで」


「ああ……?」


ネコをゼンに押し付け、ウィルは小走りで来た道を戻って行った。


「ミャァ」


人懐っこいネコは、ゼンの首元に顔を擦り付けてくる。ネコの体は、温かい。


「……俺は、十三歳に気を遣われたのか……」


部屋の中に入り、ソファに座って暫くネコの背中を撫でていた。

やがて膝の上で眠ってしまったネコの寝息を聞いていると、不思議と穏やかな気持ちになってくる。

動物は会話をしなくていいから、楽だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ