金の目をした男
「お。いいもん見っけ!」
廊下に置かれた甲冑から、ウィルは盾をむしり取る。さすが公爵邸、レプリカではなく本物である。
それを左手に構えて、中庭に戻った。
「おい、ワン公! 防御力アップしたぞ、かかってこい!」
狼は一目散にウィルに向かって駆け出した。そして鋭い爪を剥き出して、ウィルに飛びかかった。同時に、針を勢い良く飛ばして来る。
「ワンパターンなんだよ!」
針は盾でガードして、その胴体を剣でひと凪ぎした。
「ギュゥ……!」
悲鳴を上げて地面に転がったところに、トドメを刺す。
狼は長い舌をダラリと垂らし、動かなくなった。
ほっとする間もなく、次に視界に入ってきたのは、一匹の蛙。
特に何の変哲もない蛙だが、蛙はゲロゲロと鳴きながら喉袋を大きく膨らませーー轟音と共に激しい炎を吐き出した。
「あ……っっつ!!」
盾で防いでみたものの、すぐに熱くなって盾を捨てる。
「この間の鬼火といい……炎はやめろって。公爵邸だぞ? 弁償できねぇだろ?」
蛙はぴょんぴょん飛び跳ねて、どこかへ行こうとする。
見失ったらそれこそ屋敷を燃やされてしまう。
小さな蛙に狙いを定めて、剣を振り下ろす。だがこの蛙、まるで太刀筋を読んでいるかのように剣を避けた。
「ゲロ」
小馬鹿にするように、小首ーー蛙に首はないけれどーーを傾げる蛙。
もう一度喉袋を膨らませ、炎を貯める。
「ーー【rai】」
声と共に、落雷が蛙に直撃した。
「ゼン先輩!」
魔法を放ったゼンの方へ駆け寄ろうとして、しかしウィルは咄嗟に大きく後ろに下がる。
雷に撃たれたはずの蛙が、何事も無かったような顔で炎を吐き出した。
「お……効かない……」
これは困ったと、ゼンは思案する。
雷が効かないというよりは、魔法が効かないような手応えであった。
「逃げ道を見つけた。何故かセイルがいて……避難者を誘導している」
「じゃあ最悪、ここが炎上しても逃げられますね」
「命には代えられないが……」
足元を飛び回る蛙に剣を振り下ろすゼン。だが、やはり逃げられてしまう。
「その蛙で最後?」
リズの声。
「リズ先ぱ……」
振り返った先にいた彼女の姿を、ウィルは思わず凝視した。
ドレスは大胆に破れ、際どいラインまで足が露わになっている。また先ほどの触手の酸で、ドレスの所々も溶けて破れていた。
「本当に楽しいパーティーだわ」
リズは刀を持っていない。無防備なまま蛙へと近付いていきーー鞘から刀を抜く居合いの要領で、左手の紋章から刀を抜き放った。
その一瞬の動きで、蛙は一刀両断にされた。
「……お見事」
ゼンは自分のスーツを脱いで、リズの肩に被せる。
「屋敷の中は元帥が見て回ってるわ。多分もう魔物はいないと思う」
そう言ってウィルを振り返ったリズは、絶句した。
「あなた……」
「動かない方がいいよ。魔法もね。発動と同時にこの頭、吹き飛ばすから」
あの男がーー黒ずくめの、金の目をした男が、ウィルの背後に立っていた。右手をウィルの頭に翳し、小さく笑みを浮かべている。
「やっぱりてめぇの仕業か! 何がしてぇんだよ!」
ウィルは体は動かさないまま、声を上げた。
少しでも動けば本当に殺されるーー翳された手から、ヒヤリと冷たい何かを感じる。
それはリズとゼンも同じで、誰も動くことができなかった。
「今日連れて来たのは、そこそこいい出来だと思ったんだけどなぁ。一人も殺せないだなんて、駄作だったね」
「お前が……作った合成獣か……?」
「そう! どうだった? 僕のお気に入りは蛙。前回の鬼火の反省を活かしたんだけど、あんなに速く斬れるんだね。ビックリしちゃった」
ゼンに尋ねられると、男はどこか嬉しそうに、そして少年のように無邪気に笑った。
「君がウィル。君がゼン。君がリズ。ーーうん、覚えた」
一人一人ゆっくりと顔を見つめる男。
「本当はここでみーんな死んで貰う予定だったんだけど、頑張ったご褒美に、今日はウィルだけにしておくね」
ウィルの頭に男の手が触れる。
ウィルの体はまるで金縛りにあっているかのように、動かない。
「それじゃあ、バイバーー」
男の手がーー地面にごろんと転がった。
「……え?」
断面から溢れ出す血と、転がり落ちた手を茫然と見る男。
「お前か。例の怪しい男ってのは」
男の手を切り落としたのは、二階のテラスから飛び降りて来たラリィだった。
ラリィは屋敷の中で調達した槍を構える。
男は無言で手を拾い上げてから、ラリィを見た。




