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I'll  作者: ままはる
第三章
31/57

合成獣

「なんだこれ! どうなってるんだ!?」


既に門に集まっていた男が、声を上げていた。

男は開け放たれた門から出ようとするが、薄闇の光が壁になっているようで、外に出る事が出来ない。


「閉じ込められた……?」


ゼンは手の中に守護剣を握ると、その切先で薄闇に触れてみた。

硬い感触。守護剣で斬れるものではなさそうである。


「冗談じゃない! 助けてくれよ、守護剣士!」


「ひぃ! 来たわ!」


誰かの悲鳴に、ゼンはそちらに向かって剣を構える。

見た目は人間の女に近い。青黒い肌に、振り乱した長い黒髪。ただし胸から下には、八本の足が生えている。目はなく、やけに赤い口だけが、髪の隙間から覗いていた。


「なんだこれは……」


見た事の無い魔物。どう動くかわからない。

ゼンは剣を構えたまま、魔物の動きに注視した。


「っ!」


魔物が動いた。

八本の足を器用に動かして、異常に速いスピードで前後左右に不規則に動く。大きな赤い口を開くと、そこから巨大な蛇が飛び出して、ゼンに噛みつこうと牙を剥いた。


蛇を剣で斬り捨てる。

だが、真っ二つに斬られたはずの蛇の傷口はすぐに再生し、それぞれが地を這って招待客たちの足元へ向かっていく。


「……」


地面を這い進む蛇を、もう一度剣で斬る。するとまた傷口が塞がり、二匹に増えた。


「……これは、どうすれば……」


斬れば斬るだけ蛇が増える。

そうしているうちにも、女の姿をした魔物は人々に襲い掛かろうとしていた。


「うわぁぁ! こっちに来るなぁ!」


足元を這う蛇の腹を踏みつけるウェイターの男。するとやはり、蛇は分裂して増えた。

咄嗟にゼンは口の中で魔法式を唱える。


「【en】」


ゼンの呟きと共に、炎が空に生まれ出る。

蛇は炎の舌に飲まれ、跡形もなく消し炭と化す。


「魔法なら焼き消すことが出来る……」


ゼンは守護剣を一度紋章に戻すと、なるべく離れた場所にシュイ=メイを呼び出した。


「シュイ! 逃げ道を探して欲しい!」


「おや。我が主は、状況説明という言葉を知らないようだ」


この状況下では、突然現れた派手な服装の男には、誰も気付いていない。

シュイはぐるりと周囲を見回す。魔物がいるが、ドームのように屋敷を包む薄闇に閉じ込められて、無関係な人間を逃すことが出来ずにいるのだと理解する。


「これは珍妙な」


試しにシュイはその光に触れてみた。不快な火花を放ち、光は接触を拒む。


「厄介だね」


しかし面白いーーと、シュイは主人の命に従い、逃げ道を探し始めた。






「な、な、な……!?」


リズを口説き落とそうと必死になっていた令息は、屋敷の中に突然現れた魔物に驚き、腰を抜かしていた。


無数の触手を生やした球体。触手の一本一本には鋭利な牙が生えており、その牙の隙間から床に滴り落ちる唾液からは、煙があがっている。


「何なのよ、突然……」


リズは村雨をその手に握りながら、ハイヒールを脱ぎ捨てた。


「出し物の一貫じゃないでしょうね」


横目で窓の外を見ると、パニック状態の中庭が見えた。

どうやら本当に、緊急事態であるようだ。


「そこから動かないで」


「は、はいぃ!」


腰を抜かしたままの令息がじっとしていることを確認したと同時に、触手がリズを目掛けて伸びてきた。

リズはそれらを一本残らず斬り落とす。だが、斬られた側から新しい触手が生えてきた。


「触手は斬られても痛くないのね」


続け様に触手が襲いかかって来る。それらを斬ることは容易いが、これでは埒が開かない。


(本体を斬らなければ……)


リズはドレスの裾を破り、足の可動域を広げた。

そして、走る。


「なんて……美しい……」


思わず令息は息を呑んだ。

白く伸びる脚が、床を蹴る。まるでダンスを踊っているかのように流れる、軽やかな動き。激しく波打つ無数の触手を避け、斬り落とし、酸の唾液に怯むことなく、真っ直ぐに本体である球体を視野に捉えている。


迷いのない一閃。


本体はズブズブと溶けるようにして床に沈み、その場から動かなくなった。


「立てる?」


「あ……はい……」


「動かないでいてくれたから、助かったわ。ありがとう」


令息の頬がみるみるピンク色に染まっていく。


(美しいだけじゃなくて……カッコいい……!)


「貴方は外に逃げて。私は他の魔物を片付けてくるから」


「はい!」


令息が出口に向かって走り出した時、屋敷のどこからか発砲音が鳴り響いた。

公爵邸の警備兵が、魔物に向かって拳銃を打った音である。


「っ!」


魔物に拳銃は効かない。たとえ大砲であったとしても、ただ悪戯に神経を逆撫でするだけで、傷などつけることは出来ないのだ。

リズは音のした方に向かって駆け出した。


廊下の先に、湾曲したサーベルを持った小人がいた。小人と言っても顔はひしゃげ、手足も歪である。その小人に向かって警備兵が二人、拳銃を向けている。


「駄目! 撃たないで!」


刺激するだけで、何の意味もない。

しかし既に鉛の玉を撃ち込まれた小人は、酷く不快な表情で警備兵に向かってサーベルを振り上げようとしていた。


(間に合わない……っ!)


リズが目を閉じかけた時、ドンッという衝撃と共に、一本の剣が小人の眉間に突き刺さっていた。


「警備兵に伝えなさい。決して発砲するなと。どうせ戦うのなら、そこの飾り物の槍の方がマシだ」


「元帥!」


元帥は小人の頭から剣を抜くと、リズの方へ向き直る。

「リズ。どうやら例の男が絡んでおるらしい。魔物の数は不明。見たこともない魔物ばかりで、恐らくこれらは合成獣(キメラ)だ」


合成獣(キメラ)……」


「屋敷の敷地内からは出られん。この敷地内で戦える者は、我らのみだ。死者を出さず、全て殲滅せよ」


「はい!」


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