石
「ーーさて、お食事が済んだ後は、中庭で暫しご歓談をお楽しみください。道中に手に入れた珍しい石も展示しておりますので、そちらも宜しければどうぞご覧ください。その間にダンスホールの準備も整いますでしょう」
「……ダンスの練習はしてないっすよ」
「よい。ここまで粗相がない事に驚いておるくらいだ。セイルの指導力を再評価せねばなるまいな」
小声で隣の席の元帥に囁くウィルと、笑う元帥。
「珍しい石とは、どのような物でございますの?」
どこかの夫人が尋ねた。
「立ち寄った街の行商人から買い取ったものなのですが、深い黒と、それでいて光を受けると金色に輝く美しい石でしてね。どの鑑定士に見せても、まだ名のついていない石だと言うのです」
「まぁ、それは大変興味深いですわ」
話が盛り上がる侯爵と夫人の脇をすり抜けて、貴族の令息らしき男がリズの方へとやって来る。
「私は石よりも、貴女の方が興味深い。この後テラスで夜風に当たりませんか?」
「あは……興味を持っていただけるような身分ではありませんので……」
「おいおい、怯えているじゃないか。それよりも私とお相手願えませんか? シャンパン一杯だけでも」
横から別の令息がやってきて、リズの手を引いて行く。
「あの、えっ、いや……」
これが隊士やそこいらの男であれば、どんな方法でも交わすことができるのだが、こんな場所ではどうすればいいのかわからない。
ゼンに視線を送ってみたが、助けてくれそうな様子はない。
「私、お酒は苦手で……」
「リズ嬢。それではこちらで俺と葡萄ジュースをどうですか? お仕事の話に興味があるなぁ」
また別の男に手を引かれ、あれよあれよとリズは姿を消した。
「リズ先輩、大丈夫ですかね?」
「……おかしなことには、ならないだろう」
よりにもよって公爵家で、他の貴族も騒動を起こすようなことはしないだろうとゼンは思う。
「あの、魔剣士様。宜しければこちらでお話をお聞かせ願えませんか?」
次に現れたのは、頬をピンクに染めた貴族令嬢たち。ゼンを取り囲んで、中庭に連れて行ってしまった。
「お主は私から離れるでないぞ」
「へいへーい。信用ねぇなぁ」
ウィルは元帥について、中庭に出た。ウィルに話しかけてくる者たちを、それとなく元帥がかわしてくれるお陰で、ウィルはのんびりとジュースを飲んで過ごす。
(そういや、さっきのメイド……誰だっけなぁ? 絶対に見た事あるんだけど)
そのメイドはどこに行ったのだろうかと視線を彷徨わせていると、奥の方からゼンが小走りでやって来た。
「どうしたんですか? ゼン先輩」
「ウィル……」
いつも読めないゼンの表情が、少し緊張しているように見えた。
ゼンはどう説明したら良いのか、元帥とウィルを交互に見ながら言葉を探す。
「石……あの石、あの男の気配がする」
「石って、侯爵がさっき言ってた石のことですか? あの男ってーー」
言いかけて、ゼンの言いたい事を理解した。
あの男ーーウィルの両親を殺めたかもしれない男。
報告を聞いている元帥も、急いで石の方へ向かった。
「まぁ、本当に美しい石ですこと」
「加工して装飾品にすれば良さそうですね」
中庭で、ガラスケースに入れて飾られた石の周りには人だかりがある。
元帥は人をかき分けて、その石の前に出た。
「ゼン。間違いないのか?」
頷くゼン。
「寒気がするような、この嫌な感じは……間違いない」
「しかし、一体どういうーー」
その次の瞬間。
石が、金色の光に包まれた。眩いくらいの強い光は少しずつ大きく広がり、やがてこの屋敷を丸ごと包み込む。
「なんだ……?」
「何かのパフォーマンスかしら?」
金色の光は、次第に薄暗い墨のような色へと変化した。
そして空から、ボタリと墨色の塊が落ちてくる。
ひとつ、ふたつ、みっつーー
中庭、屋敷の屋根の上、裏庭。いたるところに落とされた塊は、激しく蠢いたあと、醜悪な魔物の姿へと変化した。
「なんという事だ……」
元帥は素早く視線を動かす。
目視できるところに四体。どの魔物も元帥ですら見た事がない姿をしているが、これらが危険な物であることは、痛いくらいの殺気でわかる。
「ゼン! 招待客を屋敷の外へ避難させなさい! ウィルは中庭の魔物を殲滅! 私は預けた武器を取りに行ってくる」
「何なんだよ、一体!」
ウィルは守護剣を呼び出し、目の前にいる魔物を睨みつけた。
見た目は狼に似ているが、目が左右に三つずつ。全身を覆っているのは毛皮ではなく、鋭い無数の針のようである。
獣は鋭利な牙を剥き出しにして、低い唸り声を上げた。
「ど、どう言う事だこれは!? 何が起きたんだ!?」
「侯爵。ひとまずこちらへ」
突然現れた魔物の姿に気が動転している侯爵の手を引くゼン。
「あ、あれはあの石から出てきたのか!?」
「……わかりません。ただ、何かよくない……物だと思います」
悲鳴を上げる他の招待客たちも先導し、ゼンは屋敷の門を目指す。




