テーブルマナー講座
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「社交界だなんて大変だなぁ、守護剣士サマは」
フォークを肉にブッ刺して、そのままかぶり付くラリィ。
「なんかよくわかんねぇけど、一晩だけのパーティーなんか、どうにかなると思うんだけどなぁ」
テーブルに片肘をつきながら、ウィル。
「……なんでラリィまでいるのよ」
テーブルの下でハイヒールを脱ぐリズ。
その三人をゼンは無表情で眺め、それからゆっくりと天井を仰いだ。
「……どうしたものか……」
翌日の夜。
テーブルマナーを教えてやれとセイルに丸投げされたゼンは、許可を取って寮の自室にウィルとリズ、おまけにラリィを呼んだ。
料理は食堂に頼んで作って貰ったものである。
しかしゼンの予想を超えて、この三人はマナーを知らない。どう教えたら良いかと思案しているうちに指摘すべきことが増え、どこから手をつけていいのかさっぱりわからなくなってしまった。
「ゼン。さっきから黙っているけど、ダメなところはちゃんと教えてね。……というか、本当になんでラリィがいるのよ」
「リズ……ナイフを人に突きつけては、駄目だ」
「あ……」
肩を竦めてナイフを皿に戻す。
「だって、なんかオレだけ仲間はずれじゃん? 寂しいじゃん? それに今夜は彼女も用事があるって言うしさぁ」
「あー、あのフリフリリボンちゃんね」
「チェリちゃん! ウィル、お前もさ、彼女作ったらいいんじゃねーの? そしたら毎晩ふらふらしなくなるだろ」
「えー……彼女とか面倒臭そう」
「ウィル……足をブラブラさせては……」
「面倒臭いと思うのは、好きじゃねーからだ。なぁ? リズもそう思うだろ?」
「私に振らないで」
「リズ……靴は履いた方がいい」
「大体、どこの誰とナニしてんだよ?」
「ラリィ……ナイフとフォークは外側から……」
「可愛い子猫ちゃんとニャンニャンしてるんだよ。って言ったら満足か? あんたと同じ部屋だとうるせぇから、避難してるだけ」
「オレ、うるさくないし」
「自覚ねぇのかよ」
「なぁ、童貞捨てた?」
「……そういう話題は……」
口をつぐみ、ゼンは再び天を仰ぐ。
自分には無理だ。諦めようーーそう思い至る寸前、脳裏に名案が思い浮かんだ。
ゼンは左手の甲に意識を集中させる。
そして。
「ごきげんよう、ゼン。そしてその下僕たち!」
颯爽と姿を現したのは、長い金髪をひとつに束ねた青年だった。特徴的なのは、一昔前の貴族が着ていたような、その煌びやかな衣装。
「何だコイツ。下僕って俺たちのことか?」
「シュイは、だいぶ頭のネジがぶっ飛んだ面白い奴だぞ」
初めて見るゼンの守護剣の精霊にウィルは眉をひそめ、ラリィは面白いことが起きそうだと胸を高鳴らせる。リズはそうきたかと、苦笑い。
「こいつらに、テーブルマナーを教えてやってくれないか」
「ふむ……?」
シュイは現状を眺める。それからニコリと笑った。
「猿にマナーは不要ではないかな」
「誰が猿だ、誰が!」
「おや、小猿が吠えているね」
はっはっはっと高らかに笑うシュイの目に、ウィルの手の甲の紋章が留まった。
「ヴァルキリーは小猿を選んだのかい? ついに気が触れたのかな?」
「こいつ……!」
無駄だとわかりつつも、シュイの肩を殴るウィル。当然拳は空を切っただけである。
「ちゃんとウィルは強いわよ」
「レディがそう言うのなら、そう言うことにしておくよ。それでーー」
何やら言いかけたシュイは、ふと部屋に置いてある鏡に気が付いた。近寄ってその鏡を覗き込むが、精霊である自分の顔はそこに映らない。
「あ……鏡をしまっておくのを、忘れていた……」
「なんてこと……っ! なんてことだ! この僕の美しい姿を映さないだなんて!」
一筋の涙を流し、芝居がかった動作で床に崩れ落ちるシュイ。
「ゼン……僕はもう駄目だ……鏡が僕を拒絶している……!」
「大丈夫……お前は、美しい」
「本当かい? 蝶よりも、花よりも、僕は美しいかい?」
こくりと頷いてみせるゼン。
「自分の鏡で見てみろ」
シュイははっとして立ち上がると、口の中で呪文のようなものを呟いた。すると彼の手の中に、ゆらゆらと揺れる光が浮き上る。その光はまるで鏡のようで、シュイの姿を反映していた。
「美しい……僕」
うっとりと見惚れるシュイ。
「……なんだこの茶番」
「な? 面白いだろ?」
「悪い人ではないんだけどね……」
しばらく魔法の鏡に見入っていたシュイだが、やがて満足するとマントを翻してウィルたちを振り返った。
「それで、何だったかな? 彼らにテーブルマナーを教えれば良いのかい?」
「そうだ」
「本来、僕のように高貴な者が下々の者と混じり合うべきでは無いのだが、ゼンの頼みならば致し方がない。感謝の涙で咽び泣くが良い!」
ーー精霊は物理的に触れることは出来ないのに、シュイの使う魔法はウィルたちを傷付けることが可能だった。
マナーをひとつでも間違えれば、全身に激しい電流が流される。
早々にラリィは離脱し、電流に悲鳴を上げるウィルとリズを大笑いしながら見物した。
「ーー終わったか」
一通りの流れを終えた頃、部屋にセイルが入ってきた。元よりここはゼンとセイルの部屋だ。
これでもかと電流を受けたウィルとリズは、ぐったりとテーブルに突っ伏している。
「やぁ、ゼンの下僕その一。ごきげんよう」
「……ゼン。もういいから、そいつを紋章に戻せ」
「悪いな、シュイ……助かった」
シュイが紋章に戻されるのを確認すると、リズとウィルは心底ほっとする。
「セイル。俺は、人にものを教えるのは、向いていない」
「そんなことは知っている。あの馬鹿貴族を使ったんだろう? それでいい」
煙草に火をつけながらセイル。
「だったら最初からそう言え」
「万が一お前が教えたら、それはそれで面白いだろ」
「……」
無言、無表情で抗議するゼン。セイルはゆっくりと煙を吐き出し、スルーした。
「なぁなぁ。ダンスもするのか?」
ラリィが尋ねた。
リズとウィルの顔から一気に血の気が引いていく。
「馬鹿言わないで! あんたは見てるだけだから気楽でしょうけど、もう無理よ!」
「俺たちはただの剣士! ダンスなんて必要ねぇよ!」
リズとウィルの猛反対を聞きながら、セイルは煙草を吹かす。
「……今回は最低限のマナーだけでいいだろう。舞踏会でもないしな」
「ってゆーか、セイル先輩って社交界に出るような家の出なのに、なんで剣士なんかやってるんですか?」
「悪いか?」
「いえ、フツーに疑問です」
真っ直ぐに問われてセイルが返答に困っていると、ゼンがぼそりと呟いた。
「まぁ……父親がアレだしな……」
「それ、女剣士の誰かも言ってました。なんか有名な剣士なんですか?」
「有名……?」
ゼンはリズ、ラリィと顔を見合わせる。
「まぁ、有名……か?」
「セイル先輩の父親って言ったら、やっぱりめっちゃカッコいい人なんですよね? どの部隊にいるんですか?」
キラキラした顔で尋ねるウィルの言葉に、ぶはっとラリィが吹き出す声がした。リズも肩を揺らして、必死に笑いを堪えている。セイルはただ微妙な顔をしているだけなので、代わりにゼンが真顔で言う。
「カッコいい人だと……俺は思う。が……夢を壊したくないので、いつかその時が来るまで……黙っておく」
「? はぁ……?」




