白か黒か
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一方、女剣士たちの中に置いて行かれたリズ。
「訓練の邪魔をしてごめんね。セイルの言ったこと、本当に気にしないで。私はーー」
私は大丈夫だからーーそう言おうとした瞬間、突然ひとりの女剣士が、もうひとりの女剣士の胸ぐらを掴み上げた。
「黒だって言ってんだろ!? 絶対に黒だ! 上品さと色気を併せ持つ黒!」
「馬鹿! 白に決まってるでしょ! 白でこそ、あのアメジストみたいな目が引き立つのよ!」
「黒!」
「白!」
睨み合う両者。
リズは何が起きたのかわからず、レベッカを見る。
彼女は大仰にため息をついて、ふたりの肩を叩いた。
「……ラベンダー」
『っ! それだ!』
わっと湧き起こる歓声。
誰もリズの戸惑いなど気にも留めていない。
「アルマ、あんたヘアセット得意でしょ? 任せていい?」
「えぇぇ……出来るかなぁ。手が震えちゃうよぉ」
「ルシールも手先が器用だし、二人でヘアセットを担当して」
「私は実家にあるジュエリーを持ってくるわ」
「そうね。ドレスがまだ決定してないから、とにかくジュエリーは集められるだけ集めておきましょう」
「知り合いにも声掛けてみる!」
「それから……メロディとニコラはメイクを担当。残りは今からドレスと小物を探しに行くよ」
九班の班長であるレベッカは、班員たちの特性を理解しており、流れるように担当を振り分けた。
「あの、レベッカ……?」
リズに名前を呼ばれ、レベッカの心臓が跳ね上がる。
「な、何!?」
「こんなことに巻き込んで、ごめんね」
「ば……っ! 馬鹿じゃない!? 謝るくらいなら、さっさと剣士なんか辞めたらいいのよ!」
「守護剣士だから辞められないんだけど……」
「そんなことはわかってる!」
レベッカは思いに反して声を荒げてしまう自分に嫌悪する。
(違う違う! そんな悲しそうな顔しないでよ! 貴女のその綺麗な顔が万が一魔物に傷付けられたらと思うと、正気じゃいられないから……だから剣士なんか辞めろって言ってるのよ!)
レベッカの恋愛対象は女性。と言うか、リズである。
「あぁ、あの髪の毛を堂々と触っていいんだぁ……♡」
「責任重大だわ」
アルマとルシールもーー
「リップはピンクが似合うかな?」
「夜だし、赤も映えていいんじゃない?」
メロディとニコラも、綺麗なリズを更に美しく飾り立てられるとあって、鼻息が荒い。
「リズと同じ班で魔物の討伐なんか出来ないけど、こう言うのなら大歓迎だわ」
リズと自分を比べてしまうから。
荒々しく剣を奮う自分をリズに見られたくないから。
とにかく同じ空間にいると緊張して、いつものパフォーマンスが保てないから。
リズに傷を付けたくなくて、彼女を守ることに専念してしまうからーー
だから女剣士たちは、誰もリズと班を組みたがらない。
男女混合の班を組まされた時は、男剣士が夜這いなどを企てるものだから、リズを守りたい女たちは大激怒。男女の間に修復不可能な亀裂が入った。
「ありがとう」
柔らかく笑うリズに、女たちは骨抜きにされる。
入隊当初は、入隊も守護剣士に選ばれたのも色仕掛けだと陰口を叩き、嫌がらせをする者もいた。
しかしそんなものは、リズの人となりを知ればすぐに消え去ったのだった。
だがリズは、未だに何故自分が避けられるのかをわかっておらず、当初の噂が尾を引いているのだと思い込んでいる。
「さぁ、貴族令嬢が泣いて悔しがるくらい、最高の作品にしてあげるわ!」
ーーそして夜。
女子寮の前で、リズのドレスがお披露目された。
背中が大胆に開いた、光沢のあるラベンダー色のイブニングドレスにシルクのグローブ。バッグとハイヒールは上品な輝きを放つシルバー。胸元と耳にはアクセサリーで華を添えた。長い髪も、髪の一本一本を計算したかのように綺麗に纏めてあげられ、薄く、しかし繊細な色合いでメイクも施されている。
「リズ先輩……やば……めっちゃ綺麗……」
呆然と立ち尽くすウィルに、リズは真っ赤な顔で俯いている。
セイルは煙草を咥えながら、リズを上から下までゆっくりと見る。
「上出来だ」
「嘘でしょ……こんな格好、恥ずかしすぎて耐えられない……」
「背中を丸めるな、胸を張れ」
「そんな事言ったって、そもそもこの靴じゃまともに立つ事もできないわ」
初めて履いたハイヒールに、リズの膝はがくがくと揺れている。
セイルは煙をゆっくりと吐き出す。
「社交界までその靴で過ごせ」
「無理だってば!」
「……はっ」
ただでさえ鋭い目を更に細め、リズを見下ろすセイル。
「何が無理だ? 言ってみろ」
「……やるから。目が怖い……」
「足を開くな」
「ぐっ……はい」
「ちょっと、セイル! あんた、言い方がきついんだよ!」
見兼ねたレベッカが庇うように前に出た。
「リズだってやりたくてやってるわけじゃないんだから、もう少し優しくしてやってもいいでしょ!?」
「俺もやりたくてやってるわけじゃないがな。それよりも、誰の言い方がきついって? 俺か? お前か?」
「っ」
自分の言い方がリズに誤解を生んでいる自覚はあるレベッカは、何も言い返せない。
「……威圧感がマフィアなのよ、あんた……」
「何か言ったか」
「何でもない!」
二人のやりとりを聞きながら、ウィルは近くに立っていた女の服の袖を小さく引っ張る。
「なぁ、セイル先輩て何者なの?」
「そこそこ名の知れた貿易商の孫よ。知らなかった?」
「貿易商の孫……?」
「お金持ちのおぼっちゃま。セイルは次男だから、家業は継がないみたいだけどね。父親もアレだし」
「アレって?」
「それも知らないのね。セイルの父親ってーー」
「おい」
セイルに睨まれて、女は慌てて口を閉ざした。
「今日はここまででいい。明日からはマナーを教えてやるから、死ぬ気で覚えろ」




