社交界への招待状
「ーー二週間後、ディアス侯爵が夜会を開かれるそうだ」
揃った四人に視線を配りながら、ライトはそう切り出した。
「ディアス侯爵って?」
「グランチェス地方を統治されている方で、この剣士隊にも多く出資してくださっている」
尋ねるウィルに答えるライト。
「二週間後グリーンヒルにいらっしゃった際に、別荘で夜会を催されるとのこと。そこに、守護剣士たちの出席を希望されておる」
「俺はパス。貴族のパーティーなんか楽しくなさそうだし」
「お前に拒否権は無い。これも仕事のうちだ」
グラウンドに戻ろうとするウィルの頭を押さえつけて止める。
「私だって、お前たちのような無骨者を出席させたくはない。恥をかくだけならまだしも、粗相があればどう責任を取って良いものか……」
「じゃあ断ればいいじゃねぇか」
「断れぬ相手だから頭が痛いのだ。特にウィル、お前だ。子供だからと無礼が許されるお方ではないぞ」
「子供じゃねぇし。無礼なことしかしないみたいな言い方するんじゃねぇよ」
「上司への口のきき方が既に無礼であるという自覚はないのか」
ライトは眉間を指で押さえながら、言葉を続けた。
「ゼンは……まぁ、なんとかなるだろう」
「……」
いつもの無表情でこくりと頷くゼン。
「リズは……」
「私も社交界のマナーなんて知りませんよ。ドレスだって持っていませんし」
「だろうな。そこで、だ」
満を持して、ライトはセイルを指差した。
「あと二週間で、ウィルとリズを社交界に出せるようにしてくれ」
「なんで俺が」
「引き受けてくれたら、禁煙しろと口煩く言うのを控えよう」
「断る」
「『例の件』を断ってやってもいい」
「……」
「引き受けてくれるか」
「しかし二週間は……」
「そこをなんとか!」
真っ直ぐに目を見据えられ、セイルは露骨に渋い顔で舌打ちした。
「……何人か隊士を借りるからな」
「好きに使うといい」
満足そうなライトの返事を聞くと、セイルはリズの腕を掴んで歩き出した。ゼンはその場に残ったが、ウィルはセイルの後について行く。
「セイル、どこ行くの?」
「着るものが無ければ話にならん」
セイルは大股で、グラウンドでトレーニングをしている女剣士たちのところに進んだ。投げ捨てるようにして、掴んでいたリズの腕を放す。
この場にいる女剣士は、九班と十班の計十名。そのうちの一人、赤毛の女が顔を上げた。
「レベッカ」
「……なに?」
「お前ら、今日中にこいつが社交界に出られるようなドレスを用意しろ。部隊長の許可はある」
「はぁ? こいつって……まさかリズ?」
「ちょ、ちょっと待って、セイル」
リズは焦った。セイルも、リズが女剣士たちとうまく関係が築けていないのを知っているはず。それなのに彼女たちに頼むなど、気まず過ぎる。
案の定、女たちは顔を見合わせてヒソヒソと小声で囁き合っている。
「十人もいれば、それなりの案が出るだろ」
「そうじゃなくて、自分で用意するからーー」
「……私服のセンスもないくせに?」
「それは……まぁ……」
ぶっきらぼうにレベッカに言われ、リズは苦笑いを浮かべた。
「取り敢えず今夜までに形にしておけ」
そう言い残し、リズを置いてセイルとウィルは再び歩き出した。
⭐︎
一度部屋に戻って着替えた後、セイルはウィルを連れて街に出た。
賑やかな商店が立ち並ぶ通りを、セイルは気怠い顔で歩く。
長身で足の長いセイルに遅れないよう、自然と小走りになりながら、ウィルは彼を見上げた。
「『例の件』て、何なんですか?」
「あ?」
「さっき、おっさんが交換条件に出してたやつですよ。『例の件』は断ってやってもいい、って」
「ああ……お前には関係ない」
心底面倒臭そうに手を払ってみせた。
セイルはゼンほどではないにしろ、口数が多い方では無い。短い言葉で完結に話すので、冷たい印象を受ける。とっつきにくいが、リズが一目置いている様子である為、ウィルは敬語で話すことにしていた。
「……リズ先輩は大丈夫ですかね? 変な嫌がらせとかされてなきゃいいけど」
「嫌がらせ?」
セイルは鼻で笑った。
「あいつの自覚が足りないだけだろ」
「どういう意味ですか?」
それには答えず、セイルは一軒の服屋の前で立ち止まり、そのドアを開いた。
カランカランとドアベルの乾いた音が鳴ると、店の奥からメジャーを首にぶら下げた店主がやって来る。
「いらっしゃ……あら、セイル」
セイルより少し年上の、やけに色気のある美人である。
「こいつのスーツを作って欲しい。なるべく早く」
店の中の椅子に腰掛けながら、セイルが言う。
「この子……噂の守護剣士くん?」
女店主は妖艶な笑みを浮かべて、ウィルの顎に指先で触れた。
思わず頬が紅潮するウィル。
「三週間はかかるわよ」
「二週間」
「他の仕事もあるんだけど」
女はセイルの首にゆっくりと腕を回し、耳元に唇を近付けて何かを囁く。セイルもそれに応えるように女の髪に触れ、頬に手を添えて耳打ちした。
その二人のやり取りが艶やかで、ウィルは見てはいけないものを見ているようで、目のやり場に困った。
それと同時に、セイルに対する憧れのような気持ちが沸々と込み上げてくる。
(かっけぇ……! 背も高くてクールだし、その上この大人の色気……カッコ良過ぎる……っ!)
「貴族の社交界に出るのね。恥ずかしく無いスーツを仕立ててあげるわ」




