113.焔真
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闇の膜は消え去り、空はぼんやりと朝を迎える準備を始めていた。
新たな魔物の出現は止まり、既に地面に降りてきていた魔物たちが掃討されるのも時間の問題だろう。
教会から少し坂を登ると海が見える。その小高い丘に立って、焔真は海に視線を投げていた。
「海を眺めて感傷にでも浸っているつもりか」
煙草に火を点けながらセイルが言う。
焔真は目線を変えることなく、また口を開くことも無い。
「これがお前の見たかった結末か?」
「……」
「弥月を従え、何がしたかった?」
「……どうでもいい」
ぽつりと落とした言葉を、セイルは鼻で笑う。
「またそれか。巻き込まれたこっちは、どうでもよくないんだがな」
「……」
そこでようやく焔真は、セイルの方を見た。
「殺せ」
「言われなくとも」
そのつもりで、セイルはここへ来た。
焔真もまた、そのつもりでここで待っていた。
「殺してやるから、最後に話せ」
「……」
焔真は細く息を吐き、また穏やかに揺れる海を見た。
「……毎日、誰かが死んでいった」
感情の無い冷たい声で、焔真は言葉を紡ぎ出す。
「俺の集落は、ほとんど全員が研究所に捕まった。白竜である俺たちを使って、戦争に勝てる何かを開発する為に」
母が死に。
父が死に。
見知った顔が日に日に減って行く。
兄も死んだ。
妹も死んだ――
「ようやく俺の番が来るかと言う時に、研究員たちが綾乃の指輪を持って逃げ出した。捕らえられていた人間や、竜や、エルフもその時に逃げた」
「何故お前は逃げなかった?」
「俺の集落で、残っているのは俺だけ。どこへ逃げて、誰と何のために生きればいい?」
生きたいと願うには、既に失ったものが多すぎた。
「せめて同胞たちの犠牲の末に何があったのか、それを見届けたかった」
それなのに。
「ティルアとイシュタリアの戦争はその後すぐに終結した。研究所は解体。結局――俺たちは、何のために毎日殺されていた? あの死体の山は、何を作り上げた? 弥月という化け物を作り、失敗作だと封印し、それで終わりか」
誰もいなくなった研究所で、暫く焔真は世界の行く末を眺めていた。
イシュタリアとの終戦後、ティルアは無茶な実験をする事は無くなったが、あいもかわらず違う国との戦争は続けていた。
無意味だった。
焔真の同胞たち、人間、エルフ――焼却炉で焼かれていった命は、何の意味も持たなかったのだ。
「だからせめて……俺たちの犠牲の上で作り出した弥月が、何を遺すのかを見てみたかった」
「それで、どうだった?」
焔真は静かに目を閉じる。
「どうでもいい」
焔真の気が晴れることは無かった。罪悪感を持てるような心の有り様でも無かった。
ただ――虚しかった。
セイルは煙草を携帯灰皿に押し潰すと、剣の柄を握りしめる。
「他に言いたいことはあるか?」
「無い」
「……そうか」
言うや否や、一瞬の斬撃。
焔真の体は前に傾き、膝から崩れ落ちた。
――間もなく夜明けだ。




