112.ネタバラシ
「――……え?」
やがて、微妙な沈黙を破ったのはリズの声だった。
「ちょっと……待って……私の頭がおかしいのかな……?」
「ぎゃあ! リズ! お前、右腕どうなってんのそれ!? 折れてんの!? 折れてんじゃん!?」
「ひゃあぁ!! 何!? どう言う事!? 幽霊!? 夢!? 何!?」
腕に触れたラリィに、リズは悲鳴を上げて距離を取る。
しかしその場で騒いでいるのが自分だけだと気が付くと、途端に頭が冷えてきた。
「あ……あなたたち……イチから説明しなさい」
「リズ先輩。俺も騙されてた側なんで、怒るならラリィ先輩とゼン先輩に怒ってください」
リズはラリィとゼンを睨む。ついでにセイルにも視線を向けたが、彼も恐ろしい顔で2人を睨み付けていたのでリズの同志である。
「……だから俺は、嫌だったんだ……」
ゼンは2人からの痛い視線を遮るように、額に手を当てて長椅子に腰掛けた。
対照的にラリィは、いつものようにヘラヘラと笑っている。
「だからぁ、死んだフリしてただけ。そんで弥月の隙を見つけて、グサッと。作戦大成功、めでたしめでたし!」
「そんな説明で分かるわけないでしょ!? いつの間にそんな作戦立ててたのよ! 私、何も聞いて無いわ!」
「リズに言ったら1番反対しそうだったし……ネタバラシする時に怒られるのは覚悟してたから、殴るなり蹴るなり好きにしていいぞ!」
「当たり前でしょう! こんな、ふざけた……っ!」
途中でリズは唇を噛み締め、左手を握り締めた。
ラリィは次に来る衝撃に備えて目を閉じたが、それはなかなかやってこない。
「あーあ。ラリィ先輩、いーけないんだー。リズ先輩泣かせたー」
「……へ?」
ウィルの茶化した声に恐る恐る目を開くと、リズは落とした肩を震わせ、ぽろぽろと涙を流していた。
「あ、あれ? え……? リズ? オレの棺を蹴飛ばして『殺してやる』って怒ってた勢いは……?」
「……やっぱり、一生あんたのこと赦さないから……!」
「ご……ごめん……」
子供のように泣きじゃくるリズに、ラリィはただオロオロとするばかり。
「これだけ大掛かりな嘘、他にも協力者がいるはずだ。誰だ?」
「……勤務医と、叔父さんと……元帥」
静かな怒気を孕んだセイルの問いに、ゼンは意味もなく天井を見上げながら答えた。
「昼飯に……ラリィとラーメン屋に入った時に、この話を持ちかけられた」
普段剣を持ち慣れている人間ならば、握っただけで玩具だと分かる短剣を握らされ、ラリィは言った。
『もしもオレが思った通りに死んだら、後のことを頼みたい』
つまり、ラリィの思い描いた通りこの玩具の短剣で死んだフリが出来たら、その後の段取りを頼む、という意味である。
「こんな馬鹿なこと、協力するつもりは無かった、が……一応、勤務医たちに伝えては、おいた」
ラリィはどこかで弥月に見張られている。だから表立っては動けない為、ゼンが動くしか無かった。
ゼンが伝えたのは勤務医とライトのみ。ライトの一存では偽装死の葬儀までは行えない為、元帥に相談したのである。
「協力者はゼンが適任だろ? なんだかんだでやってくれるし、何と言っても表情に出ない!」
確かに、泣き崩れる弔問客たちに対して、自分は大罪人になったかのような気持ちで居合わせていたゼンだったが、普段から無表情である為何を考えているかわからないし、違和感も無かった。
「それにしても、なんであの日に殺しにくるって分かったんですか?」
「ウィルの誕生日にオレを殺す――そういうベタな演出、あいつ好きそうじゃね?」
だから大々的にウィルの誕生日パーティーを開催し、翌日がウィルの誕生日だと弥月にアピールした。
それまで弥月の誘いを無視してきたので、痺れを切らした弥月がその日を狙ってくることには、絶対的な自信があった。
「誕生日会でコレを渡されて……ラリィが本気だと思い、翌朝、お前たちに合流したんだ……」
と、ゼンがポケットから出したのは、ラリィの手品で見た小さな卵。あの時ラリィは、手品を披露しながらこれをゼンのポケットに入れたのだった。
ゼンはその卵を手の中で割ってみせる。軽い力で破れた殻の中からは、真っ赤な血糊が溢れ出た。
「血糊は多い方が説得力があるからな!」
短剣に仕込んだ血糊と、ラリィが自分で持っていた血糊。更にゼンの血糊も足して、致死量の出血を作り出したのだ。
「その短剣で刺されなかったらどうするつもりだったんですか?」
「弥月が直接オレを殺す、なんて面白くねぇことはしないと思ったんだ。なんとかしてこの短剣を持たせてあの猫背野郎かリディアにヤらせるか、オレの気が触れたフリでもして自分で刺すか、ゼンが刺すか……ま、パターンは色々と考えてた」
「あの少女では……背丈が足りなかったがな……」
ひと突きで急所を狙って貰わなければ意味がない。
「そしたら丁度リズの偽物が現れて。本物のリズは、あんな時間にあんな場所は走ってねぇっつーの。手に紋章も無かったし」
そう言われてウィルはあの時のリズを思い出そうとしたが、手に紋章があったかどうかまでは見ていなかったし思い出せなかった。
「……ウィルはいつ気付いたの?」
「今朝です」
ラリィの服の裾で涙と鼻水を拭いながら尋ねるリズに、答えるウィル。
「部屋に戻って、棺にぬいぐるみ入れようと思って部屋の中探してるうちに、あの玩具の短剣が無いことに気が付いて。俺、この短剣気に入ってたんですよね」
ウィルはよく、この短剣をネコに刺して遊んでいたのだ。
「そしたら、最近ラリィ先輩が短剣ぶら下げてたことを思い出して。その時は本物を帯剣してると思い込んでいたんですけど、訓練場の剣の貸出履歴を見ても本数を確認しても、ラリィ先輩の名前は無いし数も合ってる。まさかとは思ったんですけどね」
偽装死が作戦だとすぐに気付いた為、ここでウィルが騒げば台無しになる。本当は腹を抱えて笑いたいところを堪え、口を開けば顔がニヤけてしまいそうだったので、終始口を閉ざし俯いて1日を過ごした。
「お前がぬいぐるみを棺に入れに来た時には、もう気付いてたってことか?」
「気付いてました。死化粧された顔を見て笑いそうだったんで、すぐ閉めたんです」
「綾乃の封印を解くとか言い出した時は、結構マジで焦ったんだぞ!」
まさかウィルがそんな思考に及ぶとは予想していなかった為、ラリィは棺の中でやきもきしていたのだ。
しかし。
「解くわけないじゃないですか」
キッパリと断言した。
「じーちゃんも封印は解くなって言ってたし。ああ言えば、弥月も焦って終わらせに来ると思ったんです。俺の演技もなかなかのもんでしょ?」
「……ウィルの本心は分からなかったが、近いうちに弥月が来ることが、予想出来た……それで俺は元帥と話し、襲撃に備えた、というわけだ」
「――…………………………理解は、したわ」
長い沈黙の後、リズは納得していない顔でひとまず頷いた。
「とにかく! お前らは早く手当てして貰いに行かないと! ウィルもすげぇケガしてるじゃねーか! セイルも……」
そう言って振り返った先に、セイルの姿は無い。
「あれ? セイル?」




