111.決着
「仲間が1人増えたところで何になるの?」
片手を挙げる弥月。その手をセイルに向け、力を放つ。
「っ」
セイルは腰を落としてそれを躱すと、一気に弥月との距離を詰めた。
「……僕の体になり損ねた奴が、2回も僕の攻撃を避けるなんて生意気」
「随分と時間を無駄にはしたが、お前に好き勝手体を使われるよりかは数百倍マシだ」
セイルの一撃は、ウィルよりも重い。同じように防壁を張った手で受けた弥月の腕が、僅かに震えている。
ウィルは弥月の後ろから斬りかかる。しかしそれは、弥月の反対の手が生み出した魔法で弾かれた。
(こいつ……!)
前後からの攻撃も、軽々と受け流す弥月。それどころか僅かな隙を見つけては魔法を撃ち、セイルの脇腹とウィルの右腕の肉を抉った。
(勝てる気がしねぇ……)
ウィルの脳裏に綾乃の指輪が過ぎる。
(いや、まだ――)
その思考は、突如爆音と共に弾け飛んだ天井のステンドグラスによって遮断された。
「何だ!?」
3人は雨のように降ってくるガラス片を、それぞれの方向へ飛んで避ける。
その瞬間。
「っ!」
弥月の脇腹に、刀が突き立てられた。
「――リズ先輩!」
「こ……の……ぉっ!」
左手でしか刀を握れない彼女では、全体重を乗せてもそれ以上刀身を薙ぐことが出来ない。
「い……ったいなぁ……!」
弥月の目が明らかに不快なものへと変わった。刹那、全身が総毛立つような殺気を感じて、ウィルはリズの体を押し倒す。それとほぼ同時に、リズのいた場所に無数の棘が降り注いだ。
「あ……ありがとう、ウィル……」
「リズ先輩、腕……!」
「その心配なら、後で聞くわ」
立ち上がりながら、リズは刀を手中に呼び戻した。
弥月の脇腹からは、じわじわと血が溢れ出している。
「生意気なクソ女……お前から殺してやる!」
「随分と口が悪くなったわね。殺せるものなら殺してみなさい、このクソガキ!」
リズは一瞬だけ、安置された棺に視線を向けた。それから刀を左手で握り、姿勢を低くして構える。
「俺の相手もしろよ」
弥月がリズに力を放とうとしたと同時に、セイルが弥月の首元に剣を一閃。それを躱すことで、リズを狙っていた指がズレて力は的を外した。更にリズが脚、ウィルが背後を捉えて刃を振るう。
「鬱陶しい……っ!」
弥月は両手を一度握り、そして開く。手の中には真っ黒な炎が生まれ、それは蛇のような渦を巻き、リズとウィルの剣に絡み付いた。
「っ! 何だ……!?」
「刀が……!」
黒い炎を纏ったヴァルキリーと村雨が、酷く重い。握っていることも困難で、2人は思わず手を放した。ウィルは剣を紋章に戻そうとしたが、まるで何かに引っ張られているようで戻す事が出来ない。
床に落ちた剣が、微かに軋む音を立てた。
「もうこの剣も邪魔だよね。処分するね」
「やめ――」
薄ら笑みを浮かべる弥月に、掴み掛かろうとするリズ。しかしセイルが腕を掴んでそれを止めた。
「離れろ!」
セイルがそう叫んだ直後――
「【gokuka】」
ゼンの声をトリガーにして、弥月を中心に凄まじい炎の柱が立ち上がった。同時に、剣に絡み付いていた黒い炎は消失する。
「この程度では……死なない、はずだ」
「ゼン先輩……!」
ゼンは上がる呼吸を整えながら、炎の勢いが落ちていくのを見届ける。この魔法が、今のゼンに使える最大威力の魔法である。そして残りの体力では、2発目はもう撃てそうには無い。
「――あぁ、残念。服が少し焦げただけで、全然効かないよ」
炎が完全に消えた後、そこには金の双眸を細めて嗤う弥月が立っていた。
「……ノーダメージか……」
「いい加減諦めたら? 何人集まったって同じだよ。みんな仲良く、あそこの棺と並べてあげようか?」
クスクスと、嫌な嗤い声。
「……ほんっとに、てめぇは可哀想な奴だな。お前、生まれてこの方友達1人もいねぇだろ?」
「……は? 友達? なにそれ、笑える」
ウィルは笑いながら、首元の指輪を引き千切る。
「せめて家族くらいは、味方になって欲しかったよなぁ?」
「何を――」
「ほら、返してやるよ」
指輪を弥月に向かって投げるウィル。
指輪は放物線を描き、弥月の頭上へと飛んで行く。
それと同時に、ウィルは弥月の元へと走った。
弥月は指輪を掴む。そしてウィルは、弥月の腰に両腕を回して彼を捕らえた。
そして叫ぶ。
「先輩! 今!!」
弥月はウィルの意図が分からず一瞬困惑し、周囲を見渡した。
リズが刀を握り直しているが、右腕の負傷が大きく脅威にはならない。
ゼンもここへ来るまでに力を使っていて、今更何かが出来るとは思えない。
セイルは――
思考がそこに至った時、棺の隣に置かれていたはずのラグエルの槍が、いつの間にか消えている事に気が付いた。
(そう言う事か……)
ラグエルの所持者が、セイルに移っていたのか。悪く無いアイデアだ。しかし、苦肉の策もバレてしまえばそこまで――と、弥月はセイルに視線を移す。
違う。
セイルが握っているのは普通の剣。
それならば、槍は一体どこに――
「オレの可愛い後輩、虐めてんじゃねぇぞ」
2日前に聞いたその声と共に、弥月の胸にラグエルの槍が深々と突き立てられた。
弥月は数歩たたらを踏み、目だけを動かして背後を見遣る。
「な……なん……」
何で、と問い掛けた声は、込み上げてきた血と吐瀉物で声にはならなかった。
弥月を貫いたのは、先程まで棺の中で横たわっていたはずのラリィだった。
「笑っちゃうくらい、オレの手の上で転がってくれたなぁ」
「お前……っ」
「『お前は確かに死んだはずだ』って?」
ラリィはニッコリと笑うと、腰に下げたままの短剣を取り出した。それはあの日、ラリィの胸を貫いた短剣である。
弥月の目の前に持っていくと、それで弥月の眉間を刺した。が、刀身は皮膚には沈み込まず、柄の中へと引っ込んでしまった。弾みで中に仕込んでいた血糊の残りが、僅かに溢れた。
「玩具だよーん。バァーカ!」
「……玩具……」
口の中で呆然と呟き、それから弥月は力無く笑う。
「ふ……っ……あは……ははっ……! 僕、が……玩具の、玩具に……負けた……?」
弥月は、ただ笑い続けた。
こんな結末は、完全に予想外だ。今まで弥月が見てきた人間のドラマの中で、1番期待外れで、1番滑稽で、1番面白い。
「ウィル」
「……はい」
ラリィに静かに呼ばれ、ウィルはヴァルキリーを構える。
そして、涙を流して笑う弥月の首を――刎ねた。
弥月の体はぐらりと崩れ、地面に倒れる前にさらさらとした砂になって消えた。
ウィルはその砂の中から綾乃の指輪を拾い上げると、ズボンのポケットの中へと押し込んだ。




