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I'll  作者: ままはる
最終章
109/114

109.ピンクのウサギ


⭐︎


 ゼンがいたのは、城壁の中に聳える塔のひとつだった。そこは見張り台となっていて、普段は近衛兵の持ち場である。有事の際にはここで兵士がサイレンを鳴らすのだが、今回剣士寮にサイレンを鳴らしたのはゼンだった。


「あぁぁ……マジかぁ……魔物の軍団なんて、俺の管轄外だぞ……」


 詰所内にいた近衛兵は、情けない声を漏らして頭を抱える。


 グリーンヒル城の近衛兵たちの仕事は、専ら城に攻め入る蛮族を退けることで、対人間。それもここ何十年も平和を保っているので、戦闘経験は無いに等しい。


「城内は、第1部隊が守ってくれる……兵士がやることは、ひとつだけ」

「な、何だよ……?」


 ゼンは窓から眼下を眺めた。

 剣士たちの剣がぶつかる音、魔物の咆哮、そして悲鳴に混じって銃の発砲音が聞こえてくる。


「魔物に発砲するな。……それだけだ」


 言い放つと、ゼンは部屋を出た。


「ゼン!」


 塔を出たところで、ライトに出くわした。既に何匹か斬ったであろう、血のついた剣を携えてゼンに駆け寄る。


「……部隊長」

「ここは任せろ。お前はウィルの方へ急げ!」


 小さく頷き、ゼンは守護剣を握って走り出した。


 ――必ず弥月はウィルのところへ現れる。


 ウィルの綾乃への見解は、弥月が動き出したことで正解なのだろうと、ゼンは思う。

 ウィルが綾乃の封印を解く前に、指輪を回収しなければと弥月は焦っているはずだ。


(そこを撃つしか、ない)


 弥月は守護剣の精霊だ。ならば弥月を斬れるのは、この場にいる守護剣士しかいない。ゼンか、ウィルか、リズか――


「こんばんは、お兄さん。綺麗な満月だね」


 不意に足元から声がして、ゼンは剣を構えて飛び退った。

 夜道は薄暗くてよく見えない。ゼンは明かりの魔法を唱えると、眩い光を放つ球を頭上高くに浮かべた。


「……ぬいぐるみ……?」


 道端にちょこんと立っていたのは、ピンクのウサギのぬいぐるみだった。体長は30センチ程度。

 ウサギはくるみボタンで出来た目で、満月を見上げている。


「お月様は好き?」

「……」


 やけに可愛らしい声でぬいぐるみは尋ねるが、ゼンは警戒したまま応えない。


「お月様には何があるのかなぁ? わたしを作ったおばあちゃんはね、死んだらみんなお月様に行くんだって言ってた」


 短い手足を動かして、ぬいぐるみはゼンに体を向ける。その手にはフェンシングのサーベルに似た、銀色に光る細くて長い鋭利な何かを握っていた。


「だからお月様に何があるのか、見てきてよ」

「っ!」


 ぬいぐるみがサーベルのようなものを一閃すると、そこから無数の風の刃がゼンに向かって飛来した。

 ゼンは地面を転がり、刃を避ける。体勢を戻すより先に、呪文を唱えた。


「【en】」


 ぬいぐるみが、魔力の炎に包まれる。しかし――


「効かなーい」


 焦げ目ひとつ付くことなく、ウサギはゼンの目の前へと迫った。

 サーベルのようなものを振り上げたその瞬間、今度はゼンの剣がウサギの首と胴を斬り離した。


「うわぁ」


 ぬいぐるみは、気の抜けるような悲鳴を上げて地面に転がる。


「びっくりしたぁ。まったく、ひどいことするなぁ」


 よっこいしょ、と胴体は立ち上がると、おぼつかない足取りで頭を拾いに行った。

 ゼンがサーベルだと思ったそれは、大きな針だ。それの先には糸が通してあって、あろうことかウサギは自分の頭と胴体を縫い合わせ始めた。


「よし、できたぁ! わたしみたいな可愛いぬいぐるみは、もっと大切に――」


 セリフの途中で、ゼンは再び剣を振るった。横がダメなら縦だとばかりに、ウサギの脳天から真っ二つに斬り落とす。


「んもー! 信じらんない! まだ喋ってる途中でしょうがー!」

「……なんなんだ……」


 やはりウサギは真っ二つにされても動いている。断面に見えるのは真っ白な綿だけで、本当にただのぬいぐるみにしか見えない。


 器用に、そして素早く針と糸で体を縫い合わせていくウサギ。しかし当然、縫い終わるのを待つ気はゼンには無い。

 針を持つ手を斬り、糸も断ち切った。


「……君、嫌な子だね」


 可愛らしいのに、ぞっとするような声で呟くウサギ。次の瞬間、針を握った手だけが動いて、風の刃をゼンに向かって続け様に放った。


「っ!」


 なんとか直撃は免れたものの、風の力は目には見えず、いくつかはゼンの肌を切り裂いた。


「真っ二つになっちゃえ!」


 針を力強く大きく振るうと、更に大きな風の刃がゼンに襲い掛かった。


「【heki】」


 ゼンの唱えた魔法の防壁が、刃を阻む。

 ウサギは、こうして攻撃を仕掛ける合間にも再び体を縫い合わせる作業をしていた。斬ったはずの糸も、いつの間にか復活している。


(……本体は、針か)


 それならばと剣を握り直したその瞬間、ゼンの背後から発砲音が鳴り響いた。


「!?」


 振り返った先にいたのは、後ろ手に侍女を庇う城の兵士。兵士は震える手足で銃を構え、己の目の前にいるオーガに発砲したのだった。


 銃弾を撃ち込まれたオーガは、巨大な棍棒を振り上げ凄まじい雄叫びを上げる。

 魔物に銃は効かない。それどころか、悪戯に逆上させるだけなのだ。


 咄嗟にゼンは、魔法式を唱えながらオーガの方へ走り出した。


「【rai】……!」


 落雷が直撃し、2、3歩たたらを踏むオーガ。しかしこの程度の魔法では、オーガに致命傷は与えられない。


「女を連れて、城の中へ逃げろ……!」

「あ、あ……す、すまない……!」


 兵士を追おうとするオーガの脚を斬る。オーガは再度雄叫びを上げ、血走った目でゼンを睨み付けた。


「わたしのこと、忘れてなぁい?」


 ゼンの背後から風の刃が飛来する。

 刃がゼンの脚を掠り、オーガの棍棒がゼンを叩き潰そうと振り下ろされる。


(まずいな……)


 2体を同時に相手出来るほどの余裕は、ゼンには無い。


(せめてオーガを先に……)


 オーガを一撃で仕留める威力のある魔法は、ゼンには扱えない。出来るだけ急所を狙って斬りたいところだが、ウサギの風の刃がそれを邪魔してくる。


(ウサギの気を削ぐ方法……)


 ゼンは止めどなく放たれる刃と、オーガの棍棒を避けながら思案する。

 そして――


「【en】」


 炎の魔法を、自分自身の守護剣に向けて発動した。

 剣はその刀身に、燃え盛る炎を纏わせる。

 ゼンの守護剣は魔法剣。所持者の放った魔法を吸収し、その属性を纏うことが出来る。


「わぁ。何それ?」


 一瞬、ウサギの動きが止まった。


「俺は月よりも……太陽の方が、好きだ」


 ゼンは片手を上げると、頭上に打ち上げていた光の球をウサギの眼前に降ろした。そしてその光量を、最大限に引き上げる。


「わぁぁ。眩しいよぉ」


 ウサギの目が眩む。

 その隙に、炎を帯びた剣を構えてオーガの懐へ入り込んだ。

 腹部へ剣を突き立てる。激しく燃える炎は蛇の如くオーガの体に巻き付き、肉を焼いた。


「っ!」


 刀身を薙いで胴を断つ。

 そのまま勢いを殺すことなく、ウサギの方へと向かった。


「目眩しだなんて、卑怯だよ!」


 まだ視界が戻らないものの、針を手当たり次第に振り回し、風の刃を四方へ飛ばすウサギ。


「【fu】」


 ゼンも風の魔法を放つ。これはただ強風を生み出すだけの魔法だが、布と綿で出来たぬいぐるみをひっくり返すには十分な風力である。


「うわあぁぁ」


 地面をコロコロと転がるウサギ。

 そしてパキンッと刻み良い音を立てて、ゼンの剣が針を2つに折った。


「あ……」


 針が折れた瞬間、ウサギの体からは力が抜け動かなくなった。


「……」


 念の為、魔法の炎でぬいぐるみを焼き尽くす。今度は魔法を弾くことなく、それは真っ暗な消し炭と化した。


「はぁ……」


 額に滲んだ汗を拭い、大きく息を吐くゼン。

 一昨日からほとんど寝ていない頭で魔法を連発するのは、思っていたよりもずっと体力を消費した。

 しかし休んでいる時間は無い。

 ゼンは顔を上げ、再び教会を目指して走り出した。

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