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I'll  作者: ままはる
最終章
107/114

107.真夜中のサイレン


⭐︎


 リズが異変を感じて目を覚ましたのは、その日の深夜だった。


 ドンッと地震のような短い地鳴りがしたかと思えば、得も言われぬ感覚に全身が襲われた。

 もとより眠りの浅かったリズは、すぐさまベッドから起きて部屋の窓から外を見た。


「アルマ……起きて」


 視線は外に向けたまま、ルームメイトに声を掛ける。


「早く起きて!」

「……なぁにぃ? まだ夜中じゃない……」

「すぐに全員起こして、剣を握って!」


 窓の外には、夜の闇ではない漆黒が降りていた。

 この帷のような暗闇には見覚えがある。


 リズは靴だけ履くと、寝巻きのまま部屋を飛び出した。そしてすぐ隣の部屋のドアを叩こうとしたその時、けたたましいサイレンが寮全体に鳴り響いた。次いで緊急事態を報せるアナウンスが流れる。


 リズは階段を駆け降りて寮の外へ出た。

 サイレンは女子寮だけではなく、男子寮にも鳴っている。そして全ての寮の出入り口には、剣を台車に積んだ隊士が既に待機していた。


 リズは手近にいた隊士に声を掛ける。


「状況は?」

「わ、わからない……ただ、サイレンが鳴ったらすぐに剣を配れとしか……この膜のような黒い靄は何なんだ……?」


 隊士たちは、わけがわからないといった顔で空を見上げている。

 この黒い靄は、ディアス侯爵の別邸を包み込んだあの闇と同じ。そしてそれは、グリーンヒル城を含めて剣士寮までをすっぽりと覆い尽くしていた。


「指揮は誰?」

「げ、元帥だが……」


 目の前のこの隊士は、第2部隊の隊士である。第2部隊長の指示を飛ばしたということだ。


「どういうこと……?」

「俺にはさっぱり――」


『グリーンヒル城専属剣士隊に告ぐ』


 サイレンと共に、拡声魔法を使った元帥の声が夜空に響き渡る。


『各部隊長、副部隊長、及び第1部隊は直ちに城へ集まれ。我らが王を何としても死守せよ。第2部隊、第3部隊は非戦闘員を守護し、これより降りかかる災厄に備えよ。繰り返す――』


「災厄……?」


 何のことかと呟いた隊士に、リズは空を見上げながら答えた。


「――あれよ」


 闇を張った帷から、漆黒の塊が地面に向かって降ってくる。

 ディアス侯爵の時とはまるで数が違う。雨の如く黒い塊は絶え間なく落ちてきて、地に到達する頃にはその姿を魔物へと変えた。


「魔物!?」

「元帥の指示を聞いたでしょ! 剣を抜いて戦って!」


 リズは刀を構えると、1番近くに現れた魔物へと斬りかかった。


「ちょうど暴れたい気分だったのよね」


 視界に入る魔物を次々と切り捨てていく。

 数は多いが、合成獣ではない。どこからか寄せ集めてきただけの魔物である。


 その頃には寮から隊士たちも出てきて、それぞれが武器を手にし始めていた。


 リズは目の前のゴブリンに刀を突き立てながら、自分の班員はどこかと考えた。

 ゼンは今日もまだ教会にいるのだろうか。セイルは寮を出たので、この結界の外かもしれない。ウィルは自室にいるとは思えないが、どこで寝泊まりしているかわからない。ラリィは――


「バラバラだわ……」


 こんな時こそ班で動くべきなのに、誰の居場所もわからない。

 情け無くて、自分自身に腹が立つ。

 リズはひとまず教会を目指すことにした。


「固まるな! 第3部隊は訓練場、第2部隊は反対側へ行け! 非戦闘員や怪我人は建物内へ避難させろ!」

「空の魔物は魔法士が引き受ける!」

「班長を中心に班で動け!」


 あちこちで上がる怒声を聞きながら、リズはグラウンドの脇を抜けていく。

 真っ暗なグラウンドの真ん中に、弓矢を引き絞るコボルトたちの影が見えた。彼らの矢尻の先には、小さなオレンジ色の光――


「セイル!」


 セイルの煙草の火だ。

 満月の薄い明かりを頼りにグラウンドを駆けるリズ。


 コボルトの何匹かがリズの接近に気付き、弓矢の狙いを彼女に変えた。

 リズは足を緩めない。流れを変えぬ水のように滑らかに矢を躱し、群れの中へと身を投じた。


 1匹のコボルトが錆びたナイフを構える。しかし。


「よぉ、班長」


 煙草を咥えたセイルがそれを穿つ。続け様に隣の1匹を両断した。


「どうしてここに? 家に帰らなかったの?」

「調べ物をしていたら帰りそびれた。こんな事になるなら、さっさと帰れば良かったな」


 最後の1匹を斬る。

 束の間、グラウンドに魔物の影は無くなったが、空を見上げればまだまだ魔物は降ってきている。


「指示を出せ」

「ゼンとウィルの居場所は?」

「さあな。教会だとは思うが」

「それなら教会を目指しましょう。とにかく合流しないと」


 空からふわふわと降りてきた鬼火を斬ってから、リズは歩き出した。


「思いの外、早かったな。もう少し俺たちの……ウィルの反応を眺めているかと思っていたが」

「……これが最後かしら」

「だとすれば、こんなもので終わらないだろう」


 セイルは遠目に見える教会の屋根に視線を向けた。


「地獄の土産に、弥月の首を持たせてやる」


 リズも顔を上げ、頷いた。

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