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I'll  作者: ままはる
最終章
106/114

106.これからやるべき事


⭐︎


 その日の夜、ウィルは一年振りにあの公園で夜を明かした。

 今回はネコもいない。誰もいない公園のベンチに横たわり、明るくなるまで空を見上げていた。


「――……仕事……」


 やりかけだった事務仕事を思い出し、ウィルは緩慢な動作で体を起こす。


(部屋戻って、着替えなきゃ……)


 頭の中はぼんやりと靄がかかっているようで、歩いていてもどこかふわふわとしていて覚束ない。


「書類、整理してから……グラウンド行って、トレーニング……」


 口の中で呟きながら、部屋のドアを開ける。

 いつもの見慣れた部屋だ。

 整理整頓とは程遠い、雑多に物が転がった狭い部屋。脱ぎ散らかした服はウィルのもので、ごちゃごちゃと散らばっている手品の道具や玩具はラリィのもの。

 それらを見て、ウィルはラリィのぬいぐるみを思い出した。


「……入れなきゃ」


 棺の中に、あのぬいぐるみを。

 しかしラリィの宝物であり魂であり天使である大切なぬいぐるみは、この腐海のような部屋のどこにあるのかわからない。


 ウィルはふわふわとした頭のまま、ぬいぐるみを探し始めた。


 いつもの棚には、シルクハットが置いてある。先日遠征に持って行った鞄には、山盛りのハンカチが入っていた。普段着ている上着のポケットにはバラの花と大量のコイン。ベッドの中にはステッキと玩具のピストル――


 ようやくぬいぐるみを見つけたのは、キッチンの棚の中だった。


「……」


 ウィルはぬいぐるみを握り、部屋の中を見渡した。

 心臓がドキドキと大きな音を鳴らし始め、急いで服を着替えたウィルは飛び出すように部屋を出た。

 ぬいぐるみをポケットの中に押し込んで、足早に訓練場へ向かう。


「よぉ、ウィル……早いな。まだ仕事は休んだ方がいいんじゃないのか?」


 同じ部隊の誰かが気を遣って声を掛けたが、ウィルは無視して事務所に入った。

 やり掛けだった書類を取り出し、デスクに腰掛ける。


 倉庫にある剣の数と、研ぎに出しているものや破損したもの、支給している剣の数を合わせていく作業だ。いつもなら面倒臭い作業だが、今のウィルには丁度良い。


「……」


 黙々と書類の数字を目で追っていく。それから書類を持って、倉庫へ移動した。

 倉庫には長剣、短剣、盾などの武器が保管されていて、ウィルはそれらを無心で数えていった。


 書類と武器に不備は無いことを確認すると、それをいつものように提出場所に置いて事務所を出る。

 そしていつものように、グラウンドへ行ってトレーニングに参加した。


「おい、ウィル。無理するなって。他の連中も来てないし、お前も休めよ」


 グラウンドには、1班のメンバーはウィル以外誰もいなかった。

 しかしウィルは、声を掛けてくる隊士の言葉に応える事もなく、ただひたすら無言のままルーティンをこなしていった。


 ――そして夕刻。

 ウィルはポケットに入れたままだったぬいぐるみを握り、教会へと向かった。


「……ウィル」

「……」


 あのまま教会で過ごしていたゼンが、ウィルの側へとやって来た。

 ウィルはゼンを一瞥した後、真っ直ぐに棺の前へと歩いていく。


「……これ、入れたいんですけど。開けても、いいですか?」

「ああ……」


 ゼンは頷き、棺の蓋を開けた。

 白い布を被せられたラリィが静かに横たわっていて、ウィルの脳裏に1年前のアイザックとカストの葬儀が過った。


「……嘘つき」


 白い頬のラリィに言葉を落とし、ウィルはぬいぐるみをラリィの胸元に置いた。そしてすぐに棺の蓋を閉じる。


「……ゼン先輩」


 ウィルは首元で揺れる指輪に指先で触れながら、静かな声で言う。


「これの封印って、どうやって解くんですか?」

「……何を……」

「俺がこれからやるべき事、ひとつしかないんです。弥月を殺す。その為なら、手段なんか選ばない」


 ゼンは少しだけ眉間に皺を寄せ、首を横に振った。


「俺、考えたんです。綾乃はなんで封印されたままなんだろう、って。だって、おかしいじゃないですか。綾乃は人体実験もされていない、ただの子供ですよね? 弥月を封じる為に巻き添えを食らったにしたって、その後綾乃だけは封印を解いてやればいい」


「……ウィル」

「弥月は綾乃だけには手を出さなかった。でもそれって、双子の姉だから? 家族への愛情? ――そんなもの、あいつにあるはずがない」


 ウィルの言おうとしている事は、ゼンも考えた。だからこそゼンは、ウィルの考えに賛同出来ない。


「綾乃は弥月よりも強い。実験で頭を弄る必要も無い、バケモノだったんじゃないかって」


 だから弥月は綾乃には逆らえなかった。

 だから研究員たちは綾乃も封印した。

 だからアゼルは綾乃の封印を解くなと言った。

 ――全ての辻褄が合う。


「弥月がこの指輪を欲しがるのは、姉を助けたいからじゃない。封印が解かれるのを恐れているからだ」

「ウィル。そうだとしても……綾乃が俺たちの味方とは、限らない」

「弥月さえ殺してくれたら何でもいい」


 半ば投げやりにウィルは言う。


「あいつの暇潰しで誰かを失うのは、もうたくさんだ」

「……」


 ゼンはこめかみに手を当てながら椅子に腰掛けた。そのまま目を伏せ、天井を仰ぐ。


「封印を解く方法、分かったら教えてください。もし教える気がなければ……自力でどうにかします」

「少し、考える……」


 その返答に満足したウィルは、礼拝堂の長椅子に横たわった。


「何かあれば、起こしてください」


 そう言って目を閉じる。

 眠たいわけでは無い。しかし昨日の早朝から起きている体は疲れていた。


「ウィル、お前――」


 しかしゼンは、途中で言葉を飲み込んだ。

 指輪を胸元で握ったまま瞼を落とした後輩を見下ろし、立ち上がる。


「……席を外す。ここは、頼んだ」


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