105.棺
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ラリィの死亡が告げられたのは、それから3時間後の事だった。
胸の短剣は急所に届いており、医務室に運ばれた時には既に手遅れだったと、苦い顔でライトは呟いた。
「待ってよ……意味が、わからない……」
医務室の前で、リズは震える声でライトに問う。
「誰が? 誰が……死んだって……?」
「リズ……」
「ラリィが? あのラリィが、死んだって仰っているんですか……?」
「……」
「そんなわけ……そんなわけない! ラリィに会わせてください!」
「リズ。今はまだ会わせてやれん。綺麗にしてやらないと……」
「そんなの、どうだっていい!」
医務室に入ろうとするリズを、ライトが阻む。それでも彼を押し退けようとして、後ろからセイルに羽交締めにされた。
「やめろ、リズ!」
「なんで!? あいつの心臓なんか、殴ればまた動くわよ!」
「リズ!」
「だって――っ!」
リズは医務室の扉を睨みつけた。
そして拳を扉に思い切り叩きつけると、リズはその場を離れて行った。
セイルは額を押え、長い沈黙を落とす。
「……ゼンと話がしたい」
「ゼンも……まだ混乱している。落ち着くまで待ってやれ」
「くそっ……!」
セイルは、廊下の椅子に座ったまま俯いているウィルに視線を向けた。
ようやくリムの村の一件から立ち直っていたのに、また堕とされた。しかも1番最悪な方法で。
セイルには、ウィルにかけてやる言葉は見つからない。セイル自身にも、そんな余裕は無い。
「本当に、死んだのか」
ライトは短く頷く。
セイルは医務室の扉をじっと見つめた後、静かに歩き出した。
「……ウィル。お前も部屋に戻れ」
ウィルの肩に触れるライト。
ウィルは床の一点を見つめたまま、掠れた声を絞り出す。
「嫌だ」
「ウィル――」
「あんな部屋、帰れねぇよ……」
部屋の中には、ラリィの物が溢れている。なのに、そこにはラリィがいない。
「すげぇ疫病神だな、俺」
そう言ってウィルは自嘲する。
「次はセイル先輩かも。ゼン先輩や、リズ先輩……やっぱりみんな、殺される」
「そんな事は……」
「あんな化け物、誰が止められるって言うんだよ……」
大丈夫だと、そう言って笑っていたラリィはもういない。
「ウィル。とにかく今は休みなさい。それから今後の事を、みんなで考えよう」
「……」
ウィルは鉛のような体で立ち上がり、ゆっくりと歩き始めた。
(今後の事を考える……?)
寮とは反対の方向へ歩きながら、ぼんやりと思う。
今後やるべき事なんて、一つしかないのに。
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ラリィの入った棺は城の一角にある教会へと運ばれ、葬儀は明後日の朝、執り行われることになった。
棺の側には、まるで寄り添うようにラグエルの槍が横たわっている。あの場所から、剣士たちが2人がかりで運んできたのだ。
あれからラグエルは姿を現さず、沈黙を貫いている。
ゼンは礼拝堂の椅子に腰を下ろし、祭壇の真ん中に安置された棺に視線を向けていた。もう半日以上、そこから動いていない。1度家に帰ってフォトにランク家へ行くよう伝えてから、ずっとここで棺を見つめているのだ。
礼拝堂へは、ひっきりなしに噂を聞きつけた人々が訪れていた。その誰もが棺を前に涙を流し、怒り、悲しんでいた。
ジーナから報せを受けたヴィンスとレオもやって来て、泣き喚いてようやく先程帰ったところである。
「……」
ゼンは深い息を吐いて、天井を見上げた。
酷い気分である。
「……馬鹿野郎……」
ぽつりと呟いたところに、足音が近付いて来た。
振り返らなくても、足音だけで誰かはわかる。
「……リズと、ウィルは……大丈夫か?」
「知るか」
ゼンの後ろに座ったセイルは、吐き捨てるように答えた。
「お前はいつまで、ここで棺を眺めているつもりだ」
「……わからない」
ゼンは無表情だ。彼が今、何を想って何を考えているのか、セイルにはわからない。
「妹が待ってる。帰ってやれ」
「今は……ここに、いたい」
「お前がここにいて、何になる?」
「……」
ゼンは自分の手の中へ視線を落とし、今の自分に出来ることは何だろうかと考える。
そうして暫く考えを巡らせた後、ぼそりと呟いた。
「……次は、誰だろう……」
「弥月に殺されるのは、か?」
セイルは小さく笑う。
「俺なら、全員殺す。俺もお前も、リズも殺して最後にウィル。そして指輪を奪う」
「全員……」
「大人しく殺されるつもりはない。こいつと違ってな」
立ち上がり、教会の出口へと向かうセイル。
「リズが怒るのも当然だ」
入れ違いにリズが教会の中へと入って来た。
リズは険しい顔で棺の前まで進み、そして右足を大きく振り上げて棺を蹴り飛ばす。
「リズ……」
「時間を置いて、考えた。たくさん考えた……けど……っ! やっぱりどうしたって、赦せない!」
もう一度棺を蹴ろうとしたので、ゼンは彼女の腕を引いて止めた。
「放して! こんな奴、殺してやる!」
「言っていることが、無茶苦茶だ……」
「何度私を裏切れば気が済むのよ!? 私に赦されるまで諦めないんじゃなかったの!?」
本気で棺を破壊しそうで、ゼンはリズを祭壇から引き離す。
リズはぼろぼろと涙をこぼしながら、棺に向かって手を伸ばした。
「なんで……」
伸ばした手が、途中で力無く落ちる。膝の力も抜けて、ゼンがリズを支えた。
「なんでまた、私を独りにするのよ……」
リズはゼンの肩に顔を埋め、声を殺して嗚咽を漏らす。
置いていかれるのは、いつも自分の方だ――
「赦さないから……! 金輪際、赦さないから……っ!」




