短剣
「おい、弥月! どっかで見てんだろ!? いくらこいつらを寄越したって、オレには効かねぇぞ!」
ラリィは霧の向こうへと叫び声を上げた。
「このクソ野郎は何度だって殺せるし、偽物のリディアだって斬れる! 本物のリディアがいるのは、オレの胸の中だからな!」
「――ほんっとに、つまんないなぁ」
突如、弥月の声がした。それと同時に霧が晴れ、弥月の姿も露わとなる。
「弥月!」
「やぁ、ウィル。思ったよりも元気そうだね」
ウィルとラリィはそれぞれ武器を構える。
弥月はニコリと微笑むと、残っていたリディアと猫背の男のドッペルゲンガーたちに向かって指を鳴らした。その瞬間、彼らの頭は弥月の力に撃ち抜かれ、絶命した。
「張り切って一杯集めてきたのに、何の役にも立たなかったよ」
「そりゃご苦労さんだったな」
「スラム街で事件の再現をしてみても食いついて来ないし、ほんっっとにつまんない」
大仰にため息をつく弥月に、ウィルは斬りかかる。
「黙れ! てめぇだけは許さねぇ!」
「嫌だなぁ、ウィル。リムの村でのこと、もう忘れちゃったの? 君なんかがいくら頑張ってみても、僕は指先だけで君たちを殺せるんだよ?」
弥月は右手の人差し指をリズに向けた。そしてドッペルゲンガーたちにしたように、その頭を撃ち抜こうとするが――
「【baku】」
ゼンの魔法がそれを阻む。
弥月は目の前に出現した爆炎を、大きく後ろに飛んで躱した。
すかさずウィルが斬撃を繰り出す。しかし弥月は薄く笑みを浮かべたまま、今度は左手をウィルに向けた。
「ウィル。僕からのプレゼントだよ」
弥月の手から、黒い蔦が生えた。意思を持った影のようにうねりながら、ウィルに向かってそれは伸びてくる。
「なんだよ、これ――!?」
剣を振るう度、蔦は断ち切れる。だが次の瞬間には同じ場所からまた芽吹き、その数を増やした。
無数の手はウィルの四肢を掴んで絡みつき、あっという間に彼の自由を奪った。
「ウィル!」
ラリィが踏み出す。その腕を――リズが掴んだ。
「リズ! ウィルが……」
「そうね」
リズは穏やかに微笑んだまま、ラリィを見つめる。
「ちゃんと、見せてあげないと」
リズの手が、ラリィの腰の短剣に触れた。
そして――
「あなたの最期を」
鈍い音がした。
短剣が真っ直ぐに、ラリィの胸に沈み込む。
「……リ、ズ……?」
名前を呼んだラリィの声は、途中で掠れた。
「っ! ラリィ……!?」
ゼンが振り返る。
リズは短剣を突き刺したまま、目を見開いた。そして何かを発しようと口を開きかけた、その瞬間――
一閃。
ゼンの剣が、リズの胴を両断した。
血を噴き、裂けた体は崩れ落ちる。地面に落ちる直前、それは人の形を失いドッペルゲンガーの姿へと変じて動かなくなった。
「何、だ……?」
ウィルの喉から、乾いた声が漏れる。
「ラリィ先輩……?」
ラリィは胸に刺さった短剣を押さえながら、ゆっくりと膝を折る。ラグエルの槍が手から滑り落ち、地面で重たい音を立てた。
「ラリィ! おい……!」
ゼンが駆け寄り、その身体に触れる。
赤いものが、止めどなく溢れていた。服を、指を、地面を染め、色は瞬く間に広がっていく。
「え……先輩……? ラリィ先輩……? 先輩!」
ウィルは渾身の力で蔦を引きちぎろうともがいた。だが絡みつく影は、びくともしない。
「ふざけんな……! 先輩!? おい、ラリィ!!」
「ウィ……ル……」
ラリィは目だけを動かして、ウィルを見た。
「喋るな……!」
ゼンは短剣の柄を押さえ、必死に周囲を見渡す。しかし応える者は誰もいない。
「……っ……」
続くはずだったラリィの声は、喉の奥で塞がれ言葉にならない。
身体が小さく跳ね、そして――力が抜ける。
その様子を、弥月は満足そうな笑みを浮かべて眺めていた。
「あの血の量じゃあ、助からないね」
彼はウィルの耳元で、楽しげに囁く。
「お誕生日、おめでとう」
そして弥月の姿は消えた。同時に、ウィルを縛っていた蔦も霧散する。
「ラ……ラリィ先輩!!」
「勤務医と部隊長を呼べ……!」
「あ、あ……でも……」
「走れ!」
ゼンの声に、ウィルは手足を投げ出して走り出した。
頭の中は真っ白だ。
何が起きたのか、どこに走ればいいのか、何一つ整理できないまま、ただ走る。
次に気付いた時には、ラリィは担架に乗せられていた。ゼンと勤務医、そしてライトに運ばれている。
ラリィは――ぴくりとも動かなかった。




