103.霧の中
「リディア!」
「なんか……霧が濃くなってませんか……?」
「……だな」
いつの間にか視界が霧で覆われていて、リディアを完全に見失った。
「先輩、帰りましょう! 深追いすることないですよ!」
「ここでオレが追わなくても、絶対にまた来る。今日までガン無視してきたからな。向こうもシビレを切らしてるはずだ」
「だったら、せめてリズ先輩たちに報せ――」
その時、唐突にウィルの腕を誰かが掴んだ。反射的に振り解き、間合いを取る。
「……悪い。驚かせたか」
「ゼン先輩?」
「私もいるわよ」
リズの声だ。
「2人とも、こんな時間になんで……?」
「昨日の後片付け……残っていたから、早く来たのだが……」
「私はランニング中だったのよ」
答えるゼンとリズ。
それからリズは、睨むようにラリィを見た。
「さっきの歌声、もしかして……?」
「リディアだ」
「……やっぱり」
こめかみを押さえながら、リズはため息をつく。
「この霧も、弥月の力ね」
「多分――」
「……あぁぁぁ!」
リディアの悲鳴が聞こえた。
弾けるように、ラリィはその声の方へと走り出す。
「……たい……痛いよ……」
霧の中に、リディアを見つけた。
腹から血を流し、地面に横たわるリディア。そして少女の前に立っているのは、鈍色の包丁を手にした猫背の男――
ラリィはほとんど無意識に、ラグエルの槍を構えていた。
「ラリィ!」
「人間じゃないなら殺していいだろ!?」
リズの制止も聞かず、ラリィは男に斬りかかる。
本物の猫背の男は死んだ。リディアも死んだ。だったら今目の前にいるこの2人は、弥月の作った紛い物だ。
「痛いよぉ……」
「ラリィ。また、守ってくれなかったね」
「大好き」
「ママ……死にたくないよ……」
霧の四方八方から、リディアの声だけが聞こえてくる。
ウィルもヴァルキリーを握り、構えた。
「ホント、悪趣味だわ……」
「……」
リズとゼンも、周囲の気配に集中する。
「あーそーぼー」
猫背の男はくるくると踊るように、ラリィの斬撃を躱す。
霧で視界が悪く、なかなか男の動きを捉えられない。
「あの子の目の前で、また僕を殺すの?」
「魔物はカウントしねぇんだよ!」
ラリィの目に殺気が篭る。
「君はそうかもしれないねぇ。でも、あの子はどうかなぁ? 次こそ赦して貰えなくなるかもねぇ?」
「っっ!」
僅かに動きが鈍るラリィの足元に、リディアが1人、2人と集まって来た。
「ラリィ」
「大好きよ、ラリィ」
「リディアを守って」
リディアのうちのひとりが、ラリィの腰の短剣に触れた。
「リディア……」
ラリィは強く目を閉じる。
そして――
「目を閉じていろ」
ゼンの声と同時に、魔法の落雷がリディアを直撃した。
ラリィの足元にいた3人のリディアは、毛の無い猿に似た生き物に姿を変えて地面に倒れた。
「躊躇っていると、死ぬぞ」
「……悪ぃ」
ラリィは小さく息を吐き、背後にいたリディアを槍で貫く。
「ドッペルゲンガーね」
「人間に変身するっていう魔物ですね」
霧の中には、まだリディアの姿をしたドッペルゲンガーがいる。しかし魔物の正体がハッキリすれば、ウィルには斬る躊躇いは無い。
「ラリィ先輩! 俺は斬りますからね!」
「胸糞悪ぃけど……仕方ねぇな!」
「君の遊び相手は僕だよぉ」
霧の中から、猫背の男が包丁を構えて飛び出して来た。
ラリィはその刃をすれすれで躱し、男の腹に膝蹴りを食らわせる。
「てめぇは黙ってろ!」
そして槍の穂先が、男の首を刎ねた。
男もまた、ドッペルゲンガーの姿へと戻って地面に転がる。




