概要:秘匿機関について
君は幽霊を見た事があるだろうか。
君はUFOを見た事があるだろうか。
君は説明のつかない“何か”に遭った事があるだろうか。
万一、遭った事があってもそれらによって君に直接的な被害もたらした事など無いだろう。
何故なら、そんなモノがいたとして、その全ては結局、よくよく調べてみればただの見間違いだったり、あるいは科学的に説明可能な珍しい現象だったり、結局、そんな幽霊だとか宇宙人だとか、妖怪みたいのなんて存在しないって事だ。
――って言う事を私たちは疑いようの無い一般常識であるようにしなければならない。
それが、この“秘匿機関”である。
これを読んでいる諸君がもし財団だとか連合だとか、あるいはこの秘匿機関に所属している人間ではないとするならば、以下に記される文章は全てただの狂人の絵空事でしかない事に留意し、決して安易な真似はしないでくれ。
――最も、すでに秘匿機関に所属している連中のほとんどは、その警告を無視した愚か者どもなのだが。
さて、そろそろ本題に入った方が良いだろう。
君が一体どういう意図で、何の因果でこの文章を読み始めたのかは知らないが、この話はまさに、この社会を闇夜に眠る百鬼魔人から守り、その存在を秘匿する、通称“秘匿機関”についての概要を述べるものとなっている。
とは言っても、私の権限ではあまり開示出来る情報は多くないのだが、しかし、権限に関係なくこの秘匿機関について、名前だけでも知ってしまった君にどうしても覚えていてほしい事がある。
――それは、私たちが“何故、彼らを秘匿するのか”という事である。
今、君がこの文章に目を通している間にも毎日世界のどこかでは人間同士が殺し合い、この平和な日本でも色んな理由で皆が恨みあっているような世の中で、今更妖怪がいるだの、宇宙人がいるだのとなった所で、実際そこまで混乱は生じないだろう。
しかし、彼らの存在の有無というのは実際そこまで重要じゃない。
問題なのは、多くの人々が“それ”の存在を信じること、恐れる事が問題なのだ。
幽霊や妖怪の存在を全く信じていない人はそう多くないかもしれないが、同時に彼らを心底恐れている人間なんてのもほとんど存在しないだろう。
子供ならまだしも、毎日労働に勤しむ社会人なんかは、幽霊よりも仕事の失敗だとか、多額の借金を負う事だとかの方が余程恐ろしいだろう。
まさに、それこそが正常であり、私たち秘匿機関や、例の財団や連合なんかが必死こいて守っているものである。
彼らは人々の恐れや信仰によって強くなる。
彼らの存在が当然のように信じ、恐れられていた古の時代には、実際に彼らは存在していたし、事実、人々に少なくない被害を与えていた。
だが、科学が発展し、彼らを誰も信じなくなってから彼らはその存在を少しずつ消していき、次第に弱体化した。
しかし、実際のところ彼らが完全にいなくなったわけじゃない。
君も時々耳にするだろう、UFOの目撃情報だとか、巨頭オだとか、悪皿だとか、バミューダトライアングルとか。
その幾つか、あるいは全てがただの見間違いだが、君たちが信じ、恐れればそれが真実になってしまうリスクがある。
全てがただのくだらない幻想的であると、作り話やただの偶然であると君たちが思い続ける事が、彼らを抑える最強の武器だ。
だから、これを読んでいる君たちは、怪奇小説やらを楽しむのはいいが、決して過度信じ恐れないように。
1週間後くらいには、そういう話もあるけど、これって結局ただの見間違いだよねと言える程度にしておいてほしい。
もちろん、ここに書かれている“秘匿機関”の事も。
さてこれで新人研修の最初のカリキュラムは終了したはずだ。
こんなつまらない文章を読んでいてさぞかし眠くなった事だろう。
しかし、これから君たちは怪奇を真の意味で目にして、対峙する唯一の人間になる。
その事を胸に刻んで職務に励んでくれ。
そして、この文章を運悪く読んでしまったただの一般の皆さまは、こんな事は忘れて眠ってしまいなさい。
新人研修用の書類とはいえ、外部に漏洩したとなっては私もただでは済まないからね。
それでは、また明日。
――八森博士