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第5話 声のない対話
鯨は、静かにその影に近づいていた。
恐れも、警戒もなかった。
ただ、あまりにも長く孤独だった鯨の鼓動が、ゆるやかに——もうひとつの存在と重なろうとする瞬間だった。
影は、言葉を持たなかった。
それでも、その佇まいには、確かな音があった。
音と呼ぶにはあまりに静かで、沈黙と呼ぶにはあまりに温かい。
二つの存在は、海の中でただ向かい合っていた。
お互いの形が、光と闇のあいだで滲んでいく。
どちらが誰で、何者か——その区別さえ、意味を失いはじめる。
それはまるで——
夢が、夢に触れているような感覚だった。
鯨の胸が震えた。
どこかで聞いた気がする。
この振動。この気配。
この静けさの奥にある、かつての記憶。
声はない。だが、確かに——何かが通っていた。
語る必要も、説明もなかった。
ただ、感じるだけで分かるものがあるのだと、鯨は知った。
そして、その影は、そっと身を翻し、海の上方へと向かった。
まるで、「来るか」と問いかけるように。
鯨は、ひと息。深く海を撫でるように動き——追いかけた。