07 おねがい、かなったー?
クロの目的が明かされた次の日。
その時は強がってはみたものの、クニアキはショックを隠しきれずにいた。
「(タダより高いもんはねえって、こういうことか……)」
クロは「ご飯用意してくるー!」と外出していき、部屋にはナナミと二人きり。
クニアキはナナミに背を向け、畳の上に寝転がりながら、ぼーっと『人間大全集』を開いていた。
このワンルームでは、落ち込む姿を隠す場所すらない。
「(いっそトイレにでも引きこもってやろうか……)」
写真の中のガングロギャルたちと目が合う。
彼女たちは、きらきらとした笑顔をこちらに向け、全力でその時を楽しんでいるようだった。
そんな時。
ナナミが、ぽつりと口を開く。
「……ねえクニアキさん」
「なんだよ」
「私、昨日のお二人の話を聞いて思ったんですが……」
いつになく深刻そうな彼女の声に、クニアキはハッと気付く。
――ナナミもあの話を聞いたんだ。自分以上にショックを受けているかも知れない、と。
慌てて体勢を立て直しナナミの方を見ると、彼女は瞳を輝かせて、満面の笑みを浮かべていた。
「これはつまり! 私たちが食べられる許可を出さなければ、ずぅぅぅっと家賃と食費タダってことですよね!?」
「…………おまえ…………」
クニアキは心底呆れたように、重いため息をついた。
今この地球上で、彼ほどに“心配して損した”という言葉が似合う人間もいまい。
「あのな……確かにそうだけど、俺達はいつ殺されるか分からないんだぞ!? 食べてって言われなきゃダメとか言ってたが、それも本当かどうか怪しいもんだろ!」
「でもでも、もしも今すぐ食べれるなら、こんな面倒なことしますか?」
ナナミは本や巻物の山を指した。
「そりゃあ、俺たちを騙すためのフェイクかもしんねーし……」
「私には、クロさんが人を騙すためにこんなことをするような高度な頭脳をお持ちとは思えないんですけどね~」
「おまえ……何気に酷いな……俺がクロだったら泣いてんぞ」
「あっ! えーと、バカって意味じゃなくって! 純粋で、素直過ぎるって言いたいんです! あれはウソとかつけないタイプですよ、うん! 単純って言いますか!」
クニアキは、もはやナナミの言いように突っ込む気すら起きなかった。
「仮にずっと保護されるとしても、ずっと飯はおにぎりと卵焼きだぞ?」
「良いじゃないですか! 私はおうちと食べられるごはんがあれば幸せなんですよー!」
そう言っていつものように笑ったはずのナナミの顔は、どこか寂しそうだった。
「……そうかよ。俺はこんなん真っ平だ。とっとと出ていく」
「冷たいですね~。せっかくですしゆっくり過ごして仲良くしましょうよ~」
「本当はこんなことしてる暇ないんだよ! 俺はとっとと家を取り戻さねーと……!」
その時、荒々しくドアが開かれる。
そして、珍しく慌てた様子のクロが飛び込んできた。
「くにくに! ななみーん!」
「わっ、クロさん!?」
「その呼び方やめろ! って……どした?」
「ごめん! ぼく忘れてたー! 外でて! はやくっ」
「えっ、ちょ!」
「はやくはやく!!」
クロは二人の手をぐいぐい引っ張り、無理矢理外に出させる。
その直後、背後でドアがひとりでにバタンと閉まった。
「一体なんだよ!」
「おうちがね! おっきくなるのー!」
「へっ?」
言い終えるやいなや。
地響きを伴う爆音が響きわたり、足元が揺れる。
そして、視界が金色に染まった。
――さみだれ荘が、まばゆい黄金の光を放っていた。
「……はぁ……?」
「わー! 綺麗ですね~!」
ボロボロの木造アパートは、晴天下の金閣寺もびっくりの輝きを見せる。
そして、黄金の光が止むと、そこには、
いつも通りのさみだれ荘が建っていた。
「――って、何も変わらないんかい!!」
「変わったのは中だよー! 見てみてー!」
クニアキが扉を開くと、見慣れた台所とあのワンルームが。
いや、ワンルームではない。
奥に、障子扉がふたつ増えていた。
「ま、まさか……」
両方をそっと開けてみると、その向こうには同じ間取りの部屋がきちんと広がっている。
夢の、2DKだ。
「ここ! くにくにとナナちゃんの部屋だよ! ふたりで相談して、好きな方つかうんだよ~」
「ふわー! 凄いですね~!」
「い、いいのか……これ……」
「うん! くにくにとナナちゃんの為に増やして貰ったんだー!」
「うむ。血縁じゃない雄雌を一部屋に置くのは、好ましくないらしいからな」
「おい、雄雌って言い方はやめろ……ってちょっと待て、お前誰だ!?」
いつの間にか、クロの隣に知らない女性が立っていた。
艶やかな黒髪のボブで、内側には全面に金のインナーカラーが入っており、瞳も同じ金色。
そして、黒地にショッキングピンクの差し色が映える、派手なパンクスタイルに身を包んでいた。
「おれはコンと言う。このさみだれ荘の大家、つまりこの建物の所有者だ」
全くそうは見えない人物が、得意げな笑みを浮かべながら言った。
「もしかして、お前も人間じゃない……のか?」
「おお、察しが良いな」
「普通の大家なら、家を金色に光らせないからな」
「そういうものか」
コンは部屋中を見回した後に、「ふむ」と頷く。
「ひとまず、これで部屋の方は良いだろう。また増やしたかったらおれを呼べ」
「うんー! ありがとねー!」
コンがクニアキの横を通り過ぎる時、彼の肩をぽんと叩いた。
「じゃあな、ニンゲン」
一歩、こちらにだけ聞こえる距離まで近づいて――、
「……一年後が楽しみだな?」
そう言って、牙を見せながらにやりと笑った。
クニアキの背に冷たいものが走り、心臓がどきりと跳ねる。
「……なんなんだ、あいつ……」
クニアキはその背を見送った後、バクバクと騒ぐ胸をおさえた。