06 どきどき!人と龍のおはなし会
時は戻り、クロの正体が露呈したあの日の夜――。
さみだれ荘に戻った三人の前には、本や巻物が山のように積まれていた。
そのどれもが、『人間』に関するものばかりだった。
「『安心安全!ニンゲンの飼い方』、『人間と暮らす ~ちいさきものと営む丁寧な生活~』に、『しっかり学べるパーフェクトニンゲンガイド』……? こんなもん、どこで手に入れたんだよ」
「借りてきたんだよー。ほんとは巻物の方が好きなんだけど、今時あんまりないって言われちったー」
数々の書物がある中、ナナミはその内の一冊、『人間大全集 ~日本編~』を手に目を輝かせている。
「クニアキさん! これ、面白いですよ~! 絶滅種としてバブル期の肩スーツとか、初代ガングロギャルとかって載ってます~!」
クニアキは、はしゃぐナナミを一瞥して軽く咳払いをした後、クロの方へ向き直る。
「それで、だ。まず助けてくれたことには礼を言う。でも、お前……一体何者なんだ? 本当に龍、なのか?」
「うん! そーだよ! えーとね~」
クロは本の山をガサゴソと漁り、1つの巻物を取り出した。
『龍種一覧絵巻 人間向識別用』と書かれたそれを広げると、蛇のように細長い東洋龍の絵を指差す。
「ぼくはこれー! これのね、白いヤツ! 本当の名前も、白露って言うんだー。でも、今まで通りクロでいいよ」
巻物には東洋龍の他にも、いかにもファンタジーな西洋風の竜たちの姿が並んでいる。
クニアキは内容に関して質問したい気持ちをぐっと抑えながら、再び口を開いた。
「龍なのは分かった。で、なんで俺たちを“飼育”なんてしているんだ?」
「それはねー、ぼく、人間を食べすぎちゃって、えらい龍にめっっっちゃくちゃ怒られたんだー。で、罰として、『人間を保護して飼育しろ』って言われちゃって~」
「…………は?」
「ちゃぁんと一年間お世話出来たら、食べていいってさー」
「はあああぁぁぁあ!?!?」
クロの軽い口振りとは全く釣り合わない、あまりに衝撃的な内容に、クニアキが思わず叫びながら立ち上がる。
「ちょっと待て! なんだよそれ!! お前、俺たちを食う為に拾ってきたってわけか!?」
「うん」
「なんっ……だよ、それ……」
当然とばかりに頷くクロに、クニアキはショックで顔を引きつらせる。
あの時雨の中で感じた、クロの手の暖かさ。
あれが今となっては、何もかもが嘘に感じる。
「(まさか、食べる為だったなんて……結局、優しくしたのも、そのためだったのか?)」
――再び、自分は裏切られるのか。
クニアキの心が揺れる。
「でもね、ふたーつ、約束があってー」
そう言うと、クロは指を2本立て、にこにことしながら説明し始める。
「まず、飼育する人間は絶対に死なせちゃダメー。そんでー、一年経った後でも、相手がちゃんと『食べていいよ』って言ってくれなきゃ、食べちゃダメなんだって~」
「……どういうことだよ」
「ぼくもよく分かんない。でも、ぼくは二人に『食べてー!』って言わせるつもりなんだー!」
「言うワケねーだろ!!」
「ぼくは本気だよー! その為に君たちのことをお勉強するんだから」
「ほら!」と、クロが本と巻物の山を指す。
得意顔のクロに対し、クニアキはなんとも言えない顔でうつむき、畳の目を見た。
「……確かにお前には恩はある。でも、命を差し出せとか……それとこれとは別だ」
「別にいいよー。そもそも、『食べて』って言われなきゃぼくは食べれないしー。でもね、ちゃんと面倒は見てあげるから安心してほしいな」
「……」
「だってね、クニアキ」
クロの声が少しだけやわらかくなる。
「ぼく、知ってるんだよ。クニアキ、ずっとひとりで頑張ってきたんだよね。なのに、ぜんぶ無くしちゃってさ、さすがのぼくもかわいそうだなって思ったの。もちろん、ナナちゃんにだってそうだよ。……だから、今は甘えてもぜーんぜんいいんだよ?」
自分に微笑むクロに対して、クニアキは、ぐっと口を結んだまま視線を落とす。
「……いいや。家も職も、財布すら無くしちまって、何も残ってねえ。
だけど――得体の知れねえヤツに、ずっと甘えてなんていられるか」
顔を上げる。
その目には怒りと、ほんの少しの悔しさが滲んでいた。
「――とっとと人生立て直して、食われる前に出てってやるからな!!!」
「……ほんとーに、頑張り屋でいい子だねー、クニアキは」
クロは変わらぬ笑顔のまま、憤るクニアキをにこにこと見つめていた。