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03 もうひとりの住民


 

 その日。

 クロはクニアキに昼食を渡すと、「ちょっとおつかいー」と出かけていった。


 ――それから、1時間ほど経った頃。

 玄関のドアが開く音に気づき、クニアキは台所の水を止め、玄関の方を向いた。


「……早かったな」


「ただーいまー」

「ただいまでーす!」

「おう、おかえり……って、おい、誰だそいつ!」


 クロの後ろに立っていたのは、スーツ姿の女性だった。

 髪は乱れ、クマのある目の下に、妙に明るい笑顔が貼り付いている。


「ひろったー!」

「ナナミです! よろしくお願いします!」


 クニアキは、前のめりに倒れそうになるのをなんとかこらえた。


「……人間を! 犬猫のテンションで! 拾ってくるな!!」

「でもさー、すごい困ってたんだよ? おうちないって!」

「お前なぁ……ほんとに……」


 頭を抱えるクニアキに、クロがさらりと言う。


「クニアキだってそうだったじゃーん。それにさー、ヒトって基本、ひろうものじゃない?」

「聞いたことねぇよそんな常識!!」


 

 

 

 畳の上に置かれた小さめのちゃぶ台に、湯飲みが3つ並ぶ。


 話によると、ナナミは恐ろしい程のブラック企業につとめており、ずっと家に帰れていなかったらしい。

 3ヶ月振りに帰宅したら……なんと、住んでいたアパートが無くなっていたと言うのだ。

 

「火事で全焼しちゃったらしくて、でも、私に知らせようとしても全く連絡つかなかったからって……そりゃそうですよね~、スマホ取り上げられてましたもん!」

「お、おう……あー、大変だったな……?」


 笑みを浮かべたままあっけらかんと言うナナミに、クニアキはどう声をかければよいか迷っている。


「それで、公園で一晩明かして、これからどうしよーってなってたら、クロさんに出会いまして~」

「ひろったー!」

「……なるほどなぁ」

「お家は良いんです。仕方ないことですから! ……でも……」


 突如、ナナミが笑顔を浮かべたままでボロボロと涙をこぼし始める。


「お、おい、大丈夫か?」

「えーとですね、あの、えへへ……私の家族の写真も、焼けちゃって……唯一の、写真、だったん、です、けど」


 ナナミの声は震え、やがて嗚咽に変わっていく。

 

「……やっぱり、あれがなかったら、わたし……生きていけないですうう~~!!!」


 そのナナミの言葉に、ぴくりとクロが反応する。


「おいおい、泣くなって! 燃えちまったもんはしょうがねぇって自分で言ったろ!」

「でも、でもお~~……やっぱり、あれだけは~!」


 泣き喚くナナミに、狼狽えるクニアキ。

 そんな二人を後目に、クロは近くにあったコンビニ袋をごそごそとあさると、何かの板を取り出した。

 

「ねえねえ、ナナちゃん」

「な゙ん゙でずがぁ゙……」

「欲しいのって、これー?」


 クロが差し出した板を見て、ナナミが目をひんむく。

 ――それは、家族写真の入った写真立てだった。

 

「……!!!! こ、こここ、これこれこれ、ど、どどどどう、どうどう」

「落ち着けよ。DJみてぇになってんぞ」

「く、かかか、管理人さま! これ、どうしたんですか!?」

「んー? ひろったー!」


 ナナミは写真を握りしめたまま、わなわなと震えだす。


「……あ、あああありがとうございますうううううう!!!!」


 思い切り抱きしめられたクロが、「んぎゅ」と空気の抜けるような声を出す。


「これです私のです!! ありがとうございます!! 恩人です!!! 聖人ですうううう!!!」

「ぬ、うぎゅ、む」

「お、おい、放してやれって!」

「あっ、ごめんなさい!!!」

「ふひぇぇー……すっごい元気だねー」


 ようやく解放されたクロが、大きく空気を吸い込む。


「改めて、ありがとうございます……! 本当に、ほんっとうに嬉しいです!!!」

「ナナちゃん、これでもう死なない?」

「うん! うん! 死にません~!!」

「良かったー」


 クロがにぱっと笑った。


「じゃあ、とりあえず、二人ともごはん食べなよ! これ、ぼくが作ったけどー、ちゃんと見てつくったからだいじょうぶなやつ!」


 そういうと、クロはいそいそとご飯を運んできた。

 今日もクロはおにぎりと卵焼きを作ったらしく、更にはお味噌汁も運び入れてくる。


「本当に大丈夫か……?」

「だいじょーぶ! 買ってきたものばっかで、クニアキもそろそろ飽きたでしょー?」

「まぁなぁ……」

 

 ナナミは涙を拭き、「いただきます~!」と言うと、ばくばくとご飯を詰め込み始めた。

 クニアキも恐る恐る口に運ぶと、大丈夫と判断したのか、ナナミに続いて食べ始めた。

 

 そんな二人を見て、クロが満足そうに笑う。


「ヒトがごはん食べる音って、いいよねー」

 

 クロがそう呟いて、にこにこと二人を見ていた。




 

 その夜……。

 バスタオルで作られた即席の仕切りをはさみ、クニアキとナナミは寝息を立てていた。

 そんな明かりの落ちた部屋の隅で、クロは巻物のようなものを広げていた。

 

「……びーっくりしたー。人間って、あんなんで死にそうになるんだ。覚えとこっと」


 手元のコンビニ袋から筆のようなものを取り出すと、それでさらさらと何かを書き込んだ。

 

「おうちとご飯あげるだけじゃダメなのかな? あと“ぶらっくきぎょう”ってなんだろー? それも死んじゃいそうになるやつ?」


 小首を傾げたクロは、巻物を眺めながら「うーん」と唸った後、ぽつりと呟いた。


「……ヒトの飼育って、むずかしーなー」



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