4.喫緊の課題は、単純なもの。
「………………」
「なによ、アシュト。そんなに青ざめて、食べないの?」
昨日に引き続き、酒場にやってきた僕たち。
銀髪の少女は小首を傾げつつ、食事に手を付けないこちらを見ていた。しかし、自身のディナーを楽しむことはやめない。むしろペースを上げつつ、こう話した。
「しっかり食べないと、明日からの稽古で身体が持たないわよ? でも残すなら、アタシが代わりに食べて――」
「持たないのは身体よりも、財布の方だよ!?」
「……財布?」
そこに至ってついに、こちらも堪忍袋の緒が切れる。
昨日からずっと言おうと思っていたのだが、これが毎日続くのだとすれば見過ごせない事態だった。なにせ、ベルの摂る食事の量は尋常じゃない。少なくとも成人男性の十人分は超えていて、僕の貯えなど数日で消し飛ぶ額が請求されてしまう。
一日だけならともかくとして、連続となると我慢ができなかった。
「なによ、小さな男なのね。アンタ」
「何と言われようと、結構! ない袖は振れないからね!?」
珍しく声を荒らげたことを意外そうにしつつ、しかし少女は態度を崩さない。そして僕に呆れたような言葉を投げるが、ここは怖気づくわけにはいかなかった。
破産してしまって、困るのはベルだって同じだからだ。
彼女も、それを理解できないわけではないらしい。
「でも、どうするっていうの? アンタはまだ、まともに戦えないじゃない」
「う、ぐ……!」
「そんな状態でダンジョンに潜ったら、アヴィロスを手にしているとはいえ危険よ。目先のお金に眩んでしまって、本末転倒なことはしないことね」
「……そ、それはツッコみ待ち、なのかな?」
――食欲を抑えよう、という思考がない人が何を言うのか。
喉元まで出かけた言葉を必死に呑み込んで、僕は大きく深呼吸を繰り返した。ここで冷静さを失ってしまっては、議論にすらならない。感情だけで解決できることなど、たかが知れている。
そう思い直して、代替案を考えた。
そして、
「稽古はやめない。けど、しばらくは仲間を募るよ」
「仲間ぁ……?」
そう提案すると、ベルは思い切り不満そうな声を上げる。
しかし、状況を考えると仕方ないのだ。
「頭数が増えたら、アタシの食事が減るじゃない!」
「そこは我慢してよ!? ゼロになってからじゃ、遅いだろ!?」
「ぐ、ぐぬぅ……!」
即刻、不満を口にする悪魔の少女。
だけど僕も負けじと、声を上げて応戦した。
いったいどこまで『暴食』なのだろうか、この子は……。
「……仕方ないわね。それでも、アテはあるの?」
「それは、ないけどさ。明日にでも、ギルドで募集をかけてみるよ」
「あらあら、ずいぶんと悠長なのね?」
「敵わないと分かってても、僕はいますぐキミを殴りたいよ」
――売り言葉に買い言葉。
それでも、どうにか方針自体はまとまりそうだった。
できることなら今すぐにでも、仲間探しを開始したいところではある。
「ただ、さすがに難しいか――」
「失礼。少し良いかな?」
「……え?」
とはいえ、すぐには難しい。
そう思っていた時、知らぬ男性から声をかけられた。
黒のフードを被った金髪の青年だ。にこやかに微笑んだ口元と、常に笑っているような細い眼差し。どこか飄々とした印象を受ける彼は、フードを脱ぎながら自己紹介してきた。
「初めまして、私はルキウス。先ほどの話に興味があってね」
「先ほどの話って、仲間募集の件ですか?」
空いている席に腰かけた青年――ルキウスは、一つ頷いて続ける。
「私は流浪の魔法使いなのだけど、ここへは初めてやってきたんだ。キミたちと同じく資金を必要としているが、いかんせん一人では心細くて仕方ない」
「それで、僕たちのパーティーに入りたい、と?」
「一時的なもので構わないよ。互いに利害は一致しているし、どうだろうか」
そして、そのように語った。
僕はルキウスの提案に、しばし考える。これは渡りに船、というやつではないか、と。もしもこの機会を逃せば、事態が悪化する可能性が十分にあった。
そうなれば、ここで彼の申し出を受けないわけにはいかない。
「そう言ってもらえるなら、ありがたいよ。……お願いできるかな、ルキウス」
「あぁ、こちらこそ。後衛一人では、何もできないからね」
僕はベルに意見を求めるより先、そう言って手を差し出した。
ルキウスは変わらずにこやかにそれを取って、頷く。
こうやって、新たな仲間が加わったのだった。
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