3.召喚術師としての素養。
「えっと、もう一回お願いできるかな?」
「だーかーら! アタシは人間じゃなくて、悪魔だって言ってんの!」
こちらが訊き返すと、ベルはやや不機嫌になってそう怒鳴った。
しかしそれも酒場の喧騒の中に溶け込んでしまって、周囲の人々は気にした様子どころか気付いた様子もなく、赤ら顔になりつつエールを煽っている。もっとも、そんな状況でなくても『自分は悪魔だ』と自称する女の子に、マトモに取り合う者はいないと思ったが。
しかし僕が訊き返した理由は、彼女が想定したものとは少し違っていた。
「悪魔、召喚……? どうして、そんなことに」
どういう手違いが起こったのか、ということ。
なにせ彼女の実力は、先ほどのダンジョンで見せつけられた。そのためベルの正体が何者であっても、驚くことはない。ただ、分からないことがあるとすれば――。
「ふぅん? 疑わない、ってことは、自分の召喚に自信があったんだ」
「違う、むしろ逆だよ。僕にそんな才能は、欠片ほどもない」
何故、自分なんかが悪魔を召喚できたのか、ということ。
悪魔召喚は当然ながら『禁忌中の禁忌』とされており、召喚術師の中で興味を持つ者はあれど、その末路を考えれば手を出すものはいなかった。それに、手を出すにしても代償となるものが大きすぎる。何かしらの触媒は必要だし、下手をすれば命さえ失うだろう。
そのような芸当を何もなしに、ましてや僕なんかにできるわけがない。
「改めて訊くけど、本当に悪魔、なんだよね?」
「もしかして、喧嘩売ってる?」
そんな思考の果てに、また同じ質問をしてしまった。
ベルはあからさまに不機嫌になり、フォークを持つ手を小刻みに震わせる。――ヤバい。ここは何とか彼女の気を逸らさなければ。
「あ、いや……! さっき、騎士になれ、とか言ってたからさ!?」
「……ふーん。まぁ、良いわ」
とっさに、僕は彼女へ別の質問を投げた。
するとどうにか矛先を納めてくれたらしく、ベルは一つ息をついて説明を始める。
「アタシはこの世界に戻ったばかりで、まだ全力を取り戻していない。そんな状況で素性がバレて、消されそうになったら色々困るのよ」
「消される、って誰に……?」
「さて、それは追々分かると思うわ」
「……う、うーん」
何やら肝心なところをはぐらかされている、そんな気がした。
もっとも、それを話してくれるだけの信用や信頼がない、ということかもしれない。消化不良な感覚はあるけれど、ここは納得して次に行くべきかもしれなかった。
そう考えていると、先に話題を振ってきたのはベルの方からだ。
「言っておくけど、アシュト。アンタの家系は本来、召喚術師に向いてない」
「…………え!?」
「むしろ剣術、あるいはそれに準じたものをやるべきね」
「ちょ、ちょっと待って!? それ、どういうこと!?」
サラっと宣告されたけど、これは数千年の歴史の否定に他ならない。
なにせ僕の家系は王都でも有数の名家だった。もちろん自慢ではないが、その輝かしい歴史については多くの書物にすらまとめられている。
だがしかし、ベルはどこか嘲笑うようにして続けた。
「アンタの先代――父親は、相当な努力家だったみたいね。そういった素養が欠片もないのに、一代だけで歴史的な召喚術師と呼ばれるに至った」
「え、それじゃあ……」
「そういうこと。アンタは、アタシを召喚したわけじゃない」
僕の情報を汲み取った上で、ベルはそう結論付ける。
「でも、それだったらなんで?」
「そこについては、アタシも分からない。数千年ぶりに表に出たから、記憶が混濁してるのよ」
「…………」
重要なところになると、またそれだ。
僕はいよいよ事態が理解できず、頭を抱えてしまう。すると、
「ただ、断言できることがある」
「断言できること?」
ベルは一つ間を置いて、フォークでこちらを指しながら言ったのだ。
「アンタがアタシの騎士になるのは、それこそ『運命』に他ならない」――と。
その言葉はどういうわけか、僕の胸に深く刺さったように思えた。
彼女の口にした『運命』という響きには、それこそ魔的な魅力がある。自然と息を呑んで、彼女の悪戯な笑みを見つめてしまった。
騎士になるとか、ならないとか。
そんなものの答えは、その時点で決していた。
「さて、と。ただ最後に一つだけ訊くわ」
「え、なに?」
そこで話は終わりか、と思うと。
ベルは一つ、確認するように僕にこう言った。
「アンタの話に出てきた上司の名前、教えてくれるかしら」
それは、どういう意味があるのだろう。
僕は不思議に思いながら、彼女の問いかけに答えた。
「モーニング、だよ。モーニング・リュツィフェール」
「ふーん? モーニング、ね」
するとベルは果実飲料を口に含みながら、静かに目を細める。
そして、窓の外に浮かぶ月を見やるのだった。
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