2.蠅の女王、ベル。
「まったく、やっと戻ってこられたわね」
「キ、キミは――」
「答えたでしょ? でも、いまはそれどころじゃない、か」
困惑する僕が、間抜けた声で言う。
するとベルと名乗った少女は、静かに目を細めてドラゴンを睨んだ。そして無防備としか思えない姿のまま、彼との間合いを詰めていく。
あまりに無茶な行動に、僕は思わず叫んだ。
「何をやっているんだ!? 今すぐ、逃げ――」
「逃げるのはアンタの方よ。こっちは数千年ぶり、なんだからね」
「数千年、ぶり……?」
「なるべく手加減するけど、自分の身は自分で守りなさい! それじゃ――」
だが、そんなこちらの忠告を聞き入れず。
それどころか、彼女は僕に対して挑戦的な口調でそう言った。そして、
「かつての主に仇を為す、馬鹿なドラゴンに制裁といきましょうか!!」
邪悪な笑みを浮かべ、ドラゴンへと手をかざす。
すると、一瞬の出来事だった。
「なっ――!?」
――黒い衝撃が、ダンジョンを揺らす。
少女の手から放たれた未知の魔法は、簡単にドラゴンの上半身を呑み込んだ。断末魔の叫びすらない。ドラゴンは黒の魔法によって、その身体の大半を消滅させられた。
地鳴りがあって、それが収まった頃にはもう彼は魔素へと還り始めている。
僕は唖然としてその光景をただ、黙って見ているしかできなかった。
「あー……やっぱり、出力が落ちてるわね。仕方ない、か」
だが、そんな力を行使したというのに。
少女――ベルはむしろ不満だと、そう言わんばかりにため息をついた。拳を握って、解いて。それを繰り返すこと三度。彼女は気持ちを切り替えたらしく、こちらを見た。
そして、少し驚いた様子で歩み寄ってくる。
「――あぁ、驚いた。アタシの魔力に当てられて、意識を保ってるなんて」
「え、それって……?」
「ちょっと、待ちなさいね。アンタの情報を見るから」
「な、ちょっと、え……!?」
するとベルは、その綺麗な顔を途端に急接近させた。
額と額を合わせる形となり、呼気が当たる。鼻先が触れ合うような距離感に、僕は異様なほどに心臓を跳ね回らせた。いったい何が起こっているのか、それを把握するより先に事は終わったらしい。
少女は閉じていた目をゆっくりと、細く開いて笑った。
「――へぇ、なるほど? アンタが、アイツの」
「な、なに……?」
「なんでもないわ。説明しても、いまは理解できないでしょうし」
こちらが訊き返すと、彼女はゆっくりと離れてそう口にする。
僕はホッと胸を撫で下ろしながら、呼吸を整えた。
いつの間にやら、周囲の酸素も元通りになっている。
僕はまだ震える膝に力を込めて、ゆっくりと立ち上がった。すると分かるのは、ベルという少女が思った以上に小柄であるということ。先ほどの戦闘の振る舞いもあって、もっと大人な女性かと幻視していた気がした。
だが、とにもかくにも状況の整理をしなければならない。
「えっと、キミの名前は聞いたけど。僕の名前は――」
そのためには、まず自己紹介から。
そう思ったのだけど、
「――アシュト・ゴエティア、でしょ? 召喚術師の名家であるゴエティア家に生を受け、王宮の中でずっと研究漬けの人生を歩んできた」
「……なんで、そんなことを知ってるんだ」
「言ったじゃない。アンタの情報を見る、ってね」
「…………」
そう言うとベルは、また不敵な笑みを浮かべるのだ。
髪を掻き上げながら自慢げに語る姿は、どこか威厳すら感じられる。僕はそんな姿に見惚れて、また言葉を失ってしまった。
すると、そんなこちらに――。
「それで、アシュト? アンタに一つ、命令があるわ」
「命、令……?」
彼女は腕を組んで、挑発的な声色で言った。
「アンタはこれから、アタシの騎士になりなさい?」――と。
そんな予想だにしない言葉に、僕は思わず返答に詰まった。
その直後――。
『ぐるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるる!』
先ほどのドラゴンとは違う唸り声が、ダンジョン内に響き渡った。
音こそ同じだけど、なんというか可愛らしい表現の。
「…………」
「…………」
その正体はすぐに分かったのだが、何と返せばいいのだろう。
しかし、放置するわけにはいかなかった。だから、
「……とりあえず、街に戻ってご飯にする?」
「い、いうなあああああああああああ!!」
苦笑しつつ、そう提案するとベルは顔を真っ赤にして叫ぶ。
そして僕のことをポカポカと殴ってきた。
もしかしたら、彼女はポン……?
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