1.役立たず召喚術師の至った場所。
「……やっぱり、どんな場所でも必要なのは実績か」
僕が冒険者ギルドを訪ねると、応対してくれたのは一人の老爺だった。
彼はこちらの経歴を聞き、何度か頷きながら言ったのだ。
『ほっほっほ。それなら、まずはその腕前を示してもらおうかの』――と。
そんなこんなで、僕はいま王都の外れにあるダンジョンへ足を運んでいた。
洞窟を整備した形になっているそこへ踏み込むと、外とは異なる空気が満ちているのを感じる。魔物が生存するに足るだけの『魔素』というものが、空気中に溶け込んでいるからだろう。それは魔法を行使する素にもなるのだけど、そもそも素養がなければ意味はなかった。
「いや、あるいは僕の召喚術も少しはマシになるのかな?」
――ハエしか召喚できない、僕の召喚術。
いいや、それが少し強化された程度で何ができるのだろう。
そう考えてから、しかし自分にできることは他にない、という結論にも至ってしまった。使える魔法も初級も初級の『ファイア』だけ。だったら、一か八か召喚術を試みるしかないか。
「……まぁ、でもこんな場所に強い魔物が現れることもないか」
色々考えた結果、僕はそんな中途半端な結論にたどり着いた。
現在、自分がいるのはダンジョンの第1層。入口から程ないそこはまだまだ魔素も薄く、強力な魔物が生存するには足りないのだ。もし出会ってしまったら、運がなかった。
そのように考えるしか、ないだろう。
「いやー、そんなこと言ってたら出会ったり――」
【グルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル】
「――え?」
そう思って、冗談を口にした瞬間だった。
十数メートル先から、何やら大きな魔力反応が近づいてくる。次第に輪郭がはっきりしてくるそいつは、少なくとも身の丈二メートル以上。広くはないダンジョンの通路を完全に塞ぐほどで、圧倒的な威圧感を放っていた。
間違いない。
こいつは、いま出会ってはいけない相手だ。
「そ、そんな……どうして!?」
こんな場所に、どうしてドラゴンなんかがいるのか。
僕は思わず腰が抜けて、そいつが接近してくるのを見ているしかない。赤い眼をぎょろりと動かしながら、やがて彼はこちらを見つけ出した。
すると、まるで歓喜に満ちたような咆哮を上げる。
そして――。
「う、うあ……!」
口を大きく開いて、喉の奥から火炎を吐き出さんとしていた。
僕は必死になって立ち上がり、寸でのところでその攻撃を回避する。――轟、という音と共に。背中のすぐ後ろを通過した火炎は、周囲の空気を一気に煮えたぎらせた。
酸素が消費され、空気が薄くなる。
眩暈が、僕の脚を震わせた。
「く、そ……!?」
視界が、かすむ。
立っていられなくなり、呼吸が辛くなった。
こんな場所で、ただ何の意味もなく僕は死んでしまうのだろうか。
「そんな、の……!!」
――嫌、だ。
こんなのまるで、無駄死にじゃないか。
何も為せないままに、何の価値もなく息絶えるなんて嫌だった。
「どうにか、して……!!」
それでも、僕が頼れるのは【召喚術】だけ。
とても小さな希望でしかないけれど、いまはそれしかないのだ。そう判断して、地面に簡単な魔法陣を描く。すると、不思議なことが起こった。
「なんだ、これ……?」
胸の奥から、妙な熱が込み上げてくる。
今までにない魔力反応。それに困惑するが、考えている暇はない。
僕はもう破れかぶれになりながら、魔法陣へその魔力をすべて流し込んだ。
「く、うあああああああああああああああああああ!!」
――刹那、眩い光。
残り僅かな視野をも呑み込むそれに、一瞬だけ目を瞑った。
そして、その輝きが収まってゆっくりと――。
「………………え?」
目を開くと、そこにいたのは一人の少女だった。
肩ほどまでで切り揃えた銀色の髪に、強気な印象を受ける金色の眼差し。黒のドレスに、肩にポンチョを羽織るという独特な出で立ちをした美少女は、こちらを見下ろしながら腕を組んでいた。
正直に、白状しよう。
僕は目の前の名前も知らない女の子に、見惚れてしまっていた。
「……キミ、は?」
だから現在の状況も忘れて、そんな間抜けた問いを投げる。
すると少女は、小さく口角を上げて答えた。
「アタシは、女王――」
そして、咆哮を上げるドラゴンを睨んで言う。
「『蠅女王のベル』よ」――と。
威風堂々と、仁王立ちして。
可憐に、髪を靡かせて。
「女王の、ベル……?」
僕はただそれを繰り返し、呆けるしかできない。
ただ確かなのは、胸にある予感は、一つだけだった。
そう、この出会いは『運命』に違いないのだ――と。
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