9話
「ファーナスさん、これどうぞ。失礼をお許しください」
父のいなくなった部屋で、ヘルトはファーナスにハンカチを渡す。しかし、ファーナスは受け取らなかった。
「怪我が治るまではうちにいて良いけど、治ったら出て言って。装備も直しません。お金はお返しします」
「いえ、ご迷惑ですので今日中にでも失礼いたします」
ヘルトは背を向け、店から出ていこうとする。
「それは許さない」
ファーナスの強い言葉が彼の足を止めた。
「なぜ?理解しかねます。僕はもうあなた方の顧客ではありません。契約関係でもないはず。あなたに僕の面倒を見る義理などない」
「あなたが今外に出て死んだりでもしたら、私の作った装備で死んだことになるからよ」
ファーナスは淡々と述べた。
「は?」
ヘルトは理解できないといった具合に首を振った。
「それがなんだというのです。あなたの父上がおっしゃったとおり、僕は実力も足りないのに単独でダンジョンに挑む大バカ者です。あなたの装備のせいなんかじゃない」
「それでも私はその怪我であなたに死んでほしくはない」
「理解できない!」
ヘルトは苛立ちを抑えることなく言った。
「私だって理解できないわよ。一族の名誉だか何だかのために死んでもいいだなんて。そんな人に私の作ったものを売りたくなんかなかった!」
「貴様!いくら恩人でもウェスタリア家の侮辱は許さん」
ヘルトはファーナスに詰め寄った。
「そんなに名誉が大事?」
怯むことなく、ファーナスは返す。
「そうとも、僕は一族の名誉のために生きる。僕一人の命より一族の名誉の方がずっと重いんだ!」
ヘルトは腕を大きく広げ、ファーナスを睨みつけた。
「あなたもその一族なんじゃないの?」
ファーナスは負けじと睨み返す。
「なんで、死ななきゃ名誉を回復できないの?あなたはお父さんが言ったことを何も理解してないじゃない。生きて何かすごいことをすればいいんじゃないの?死ななきゃ回復できない名誉っていったい何なのよ」
ヘルトは反論できずにいた。そして、ファーナスに尋ねた。
「どうすればいいというのですか?」
「知らないわ。貴族のことなんて私には全然分からない。ただの鍛冶屋にそんなこと聞いてどうするのよ」
ファーナスは椅子に座り、牛乳をちびちび飲む。
「では、なぜあなたは装備を作るのですか?」
ファーナスは教える義理などないと言うつもりだったが、ヘルトを見て答えることにした。ファーナスは牛乳を見つめる。
「復讐かな」
「復讐?」
ヘルトは思わず、聞き返す。
「それは何に対して?」
「あなたが知る必要はないわ。死にたがりに何を教えても意味ないでしょ。病人でしょ、安静にしてなさいよ」
これ以上何も言うつもりがないことを悟ったのか、ヘルトは言われるがまま物置だった自室へと戻っていった。
「復讐か」
ファーナスは自分自身に確認を取るようにそう呟いた。