8話
「え、貴族様なの!?」
ファーナスは驚いて立ち上がった。
「そんな大仰なものじゃないです。過去の栄光というやつですよ」
言葉は丁寧だが、ヘルトは刺々しく返した。
「ヘルトさん。どうして潜っているんだ?」
「うんうん」
父が尋ね、ファーナスも同調する。ダンジョンに行くことを人は潜るという。ヘルトは身をびくっと震わせ、答える。
「それは、どうしても申し上げないといけないのでしょうか」
ヘルトは突き放すように言った。
「貴殿の出自についてではなくて、探検者になってどうしたいかの話だ。初心者用防具でディープまで進むなんてことは正気の沙汰とは言えない。貴族でもそれくらいは分かるはずだ」
ファーナスも気になっていた。なぜ彼は命を投げうってまでダンジョンに挑むのだろう。以前ヘルトは金のためと言っていたが、それならアラウンドでせこせこ素材を集めればいいだけだ。ディープにまで進まずとも十分な収入を得ることが可能だ。
「それは___」
ヘルトは険しい顔をする。身体に力が入っているのが分かる。また出血するのではと心配になったが、彼はあきらめたように脱力し、口を開いた。
「一族の__名誉のためです」
重い空気。しかしウェスタリア家について何も知らないファーナスは彼の感情が一切分からなかった。
「ウェスタリア家はこの国がダンジョンを発見する前、国で一番の富豪だった。銀鉱山を複数所有し、国が財政難になれば頭を下げるほどだ。俺のような世代で知らぬ者はいない」
父が彼の一族について説明した。
「そうなんだ」
ファーナスはヘルトを見た。彼は首を振る。
「昔の話です。ダンジョンが開拓され始めると国は素材を輸出し、海外から質のいい銀が流入してきました。それによって国産の銀の価値は暴落し、ウェスタリア家はその力を失いました」
彼は悔しそうに拳を作り、歯を食いしばって話す。
「僕は本家の2人兄弟の弟です。没落を経験した両親は過去の栄光にすがり続けています。父親はアルコール中毒、母は毎日ヒステリックを起こしています。兄は見かねて行方をくらまし、僕もどうにかしようと両親と使用人を残して街に出ました」
彼が家族という言葉に強く拒絶した理由が分かった。
「生活が廃れていく両親によって、ウェスタリア家はその評判すらも落としました。『ウェスタリア家は名実ともに落ちぶれた』と」
ファーナスは彼の表情に覚えがあった。
ベテランが多いブラスト工房にたまに訪れる表情。力が衰え、思うように探検が進まず自暴自棄になる人間の表情。愚直に努力を続けた者にこそ強く牙をむく。この表情が浮かぶ探検者の末路はたいていは悲惨だ。
「だから自分の命を懸けてもダンジョンの最深部を目指すの?」
真意を読まれた彼は驚いた表情を一瞬見せたが、彼は頷いた。
「そうです。ウェスタリア家の名誉回復のために、僕はドリームを踏破する。一族のために僕は行きます」
「本当に死んじゃうよ?」
「それでもかまいません。たとえ死ぬとしても一族の名に恥じぬよう、華々しく死ぬつもりです」
「ふざけないでよ!」
ファーナスは立ち上がり、怒鳴りつけた。
「死ぬことで名誉が回復するなんて。ふざけないでよ__。残された人の気持ちとか分からない!?私はそんな人にダンジョンに行ってほしくない。あんたの装備も直してやらないから___」
「僕が死んでも悲しむ人なんて__あっ」
ファーナスは大粒の涙をいくつも落としていた。
「すっ、すいません。傷つけるつもりじゃ__」
「ヘルトさん」
父がヘルトに問いかける。
「君、ディープで金剛猿と遭遇して逃げてきたんだろ?それくらいのやつがドリームまで行けると思うか?」
父の辛辣な意見にヘルトはたじろいだ。
「いえ、しかし僕に選択肢など」
「ヘルトさん。あんたは死にたいのか、ドリームまで行きたいのかどっちなんだ?」
「僕はウェスタリア家の名誉のために__」
彼は言葉を中断し、黙った。
「よく考えるべきだ。考えなしにダンジョンに突っ込んでも名誉を取り戻すどころか、笑いものだ」
父はそれだけ言い、自室へと戻っていった。