6話
死にたがりの探検者。どうせモンスター相手に逃げ出すと思っていたその男の子。その男の子は包帯を頭に巻き、腕は固定されていた。
「どうも」
相変わらず愛想がない。しかしファーナスは満身創痍の彼を見て一目散に駆け寄った。
「どうしたのその怪我?」
「油断してしまいました。装備、直して頂けますか?」
彼は折れていない方の手で装備を引きずりながら持ってきた。ファーナスはそれらを確認する。ひどい損傷だ。大きな衝撃をまともに食らったのだろう。鎧はひび割れている。
「いったいどんな攻撃を受けたの?」
「大きな、金色の猿のような生き物に岩を投げられました」
「え?」
ファーナスは驚き、止まってしまった。
「そんな奥まで行ったの?この装備で?」
ファーナスは改めて確認した。
「はい、そうです」
ダンジョンは大きく3層に分けられる。
危険が少なく日帰りが可能な層、アラウンド。
大体2、3日をかける必要がある危険な層、ディープ。
そして挑戦した探検者を悉く打ち砕く最も危険な層、ドリーム。
当然危険な層に行くほど得られる成果も増える。
彼が遭遇したモンスター、おそらく金剛猿はディープの中でもそれなりに危険な部類に入る。つまり彼は一日でディープまで進み、負傷して戻ってきたわけだ。
「馬鹿じゃないの!?初心者でしょ!その装備はアラウンド用よ!生きてるだけで奇跡よ」
ファーナスはまた殴りたいと思ったが、彼の包帯に巻かれた顔を見てその気が失せた。
「パーティーメンバーは?」
「僕一人です」
「はあー」
ファーナスは怒る気が失せ、呆れていた。基本的にダンジョンは複数人で回るものだ。アラウンドならともかく、ディープではそれなりに経験を積んだ冒険者が3~4人で徒党を組むのが普通だ。初心者が一人でそこに行くなどまさに自殺行為だ。
「ツァーリさんは?どうしたのよ」
装備を買ってもらっていたのだ。てっきり彼女のパーティーに参加するものだと思っていた。
「施しを与えてくださった相手に、これ以上お世話になるわけにはいきません」
「施し?」
ファーナスは自分の耳を疑い、聞き返した。
「ええ、初心者の僕を見て彼女は施しをして下さったのでしょう?これ以上、僕は誰かに借りを作りたくない」
「なんで、ツァーリさんとうちに来たの?」
聞いたところ、ツァーリさんとこの男の子には親交があるわけではなさそうだ。
「僕がダンジョンに入ろうとしたところ、彼女が『ダンジョンに入る時には装備くらい買いなさい』とおっしゃり、僕を連れてきたためです」
「それが何で施しなのよ?」
ファーナスは詰め寄った。
「無関係な人間の僕にわざわざ自身のお金で装備を買った。これが慈悲から来る施しでなくて何でしょう」
「施しですって!ふざけないでよ!ツァーリさんは旦那さんをダンジョンで亡くしているの!あの人はダンジョンで人が死んでいくのが嫌なのよ」
ファーナスは激昂し怒鳴りつけた。
「他人の考えなど僕には分かりません」
彼は懐からお金を取り出し、ファーナスに渡した。
「なによ。これ」
「この装備の料金と修理代です。料金の方はツァーリさんに渡してください」
「はあ、修理は承りますが__」
この男、この前は一文無しだっただろうに。
「まさか、ツァーリさんにお金を返すためにディープまで行ったの?」
ファーナスはまさかと思い尋ねた。ディープの素材なら初心者用防具の費用くらいはすぐに稼げる。
「ええ、僕は誰かに借りを作るのは嫌なのです。そんなことをしている余裕はない。うっ」
男は頭を押さえてうずくまった。ファーナスは彼に駆け寄った。
「だ、大丈夫?」
彼の包帯の赤の範囲が増していることに気づいた。
「血が出てる__。病院には行ったんでしょ?」
「いえ、猿から逃げる際素材のほとんどを落としてしまいまして」
「え、行ってないの?」
彼は自身の怪我よりもツァーリさんへの借金を返すことを優先した。彼女は返さなくていいと言っていたのに__。いったい何が彼をそこまで動かすんだ。
「父さん!」
ファーナスは大声で父を呼んだ。
「どうした」
父は二階から駆け下りてきた。
「医者を呼んできて!」
「わかった」
父は状況を理解し、外へ飛び出していった。ファーナスは店の奥から救急箱を取り出す。
「包帯、外すから」
男の子のうめき声を聞きながら包帯を外していく。ひどい__。消毒も何もしていない傷口が現れる。応急処置とは名ばかりで、ただ包帯を巻いただけだ。
ファーナスは消毒液を雑にかけ、傷口に付着する砂などを取り除いた。
数分後、医者がやってきて、応急処置を施した。幸い、脳への損傷は見られなかったようで。疲労と出血、そしてアドレナリンが切れたことが原因らしい。しかし経緯を見るため2,3日は安静にする必要があるそうだ。
「あんた、家は?」
ファーナスは男に尋ねる。
「帰る場所なんてありません」
「嘘つきなさい、家族とかいるんでしょ?」
「僕に家族などいない!」
彼は大声を上げた。ファーナスはたじろいでしまった。それを見た父が告げる。
「うちに泊まっていけ」
「父さん!」
ファーナスは反対した。自分たちは面倒を見るほど暇ではないし、なにせファーナスはこの男が苦手だった。
「困ったときはお互い様だ」
父はそれだけ言い、二階へ戻っていった。
「はあ。来て。案内する」
「いや、しかし__」
「もう決まったの!早くして」
私はいらだって言う。
「はあ、申し訳ございません。出来るだけ早く清算させていただきます」
「そういうの、やめて」
こういう所が嫌いだ。優しさを借金か何かだと考えている。
ファーナスは大きくため息をついた。