13話
「この馬鹿!」
ツァーリさんはヘルトを見るなり鬼の形相で彼に詰め寄った。殴り掛かられるではないかと思ったヘルトは後ずさったが、ツァーリさんは構わず彼に飛び込み、抱きついた。
「よかった」
ツァーリさんは震える声で言った。目は赤くなっている。
「えっ?」
ヘルトは困惑した表情をする。
聞くところによると、ツァーリさんはヘルトと一緒にダンジョンに行くつもりで彼を誘ったそうだ。装備なしでもダンジョンに挑もうとするガッツを見込んで彼に装備を買ったものの、ヘルトは一人でダンジョンに挑んだ。
「お金を返すために、ディープまで?」
ツァーリさんはファーナスに尋ねた。
「ええ、彼曰く」
「はあ、私が甘かったわ」
ツァーリさんは頭を抱えていた。
ツァーリさんはずっとアラウンドを探し回っていたらしい。一度街に戻ったところ昨日ヘルトを診た医者から彼の話を聞きここへ飛んできたそうだ。
「もう、どれだけ人に迷惑かければ気が済むの!」
ファーナスはヘルトを怒鳴りつける。
「も、申し訳ありません。まさか探しているとは思わず__」
「急にパーティーから抜けていった人を探さないと思った?」
ツァーリさんはヘルトに尋ねる。
「ええ、正直」
ツァーリとファーナスはため息をつく。
「僕の出身を見抜いて弱みを握ろうとしたのかと。だから急いで借金を返す必要があった」
ヘルトは言った。
「この子の出身?」
ツァーリさんは不思議そうに聞き返す。
「この人、貴族様らしいですよ」
「あら、そうだったの」
ツァーリさんは驚いた。
「知らなかったのですか?」
ヘルトは尋ねる。
「ええ、全くもって」
ツァーリさんは肩をすくめる。
「では、なぜ見ず知らずの人間に装備など買ったのですか?」
ヘルトは全く理解できないと言った感じで尋ねる。
「うーん、顔?死んだ旦那にそっくりだったのよ」
「は?」
ヘルトはきょとんとする。
「あなたみたいないい男、死なれたらもったいないわ。男は夢を追うことで輝くのよ」
ツァーリさんはけろっと言った。
「夢」
ヘルトは聞き返す。
「そ。探検者は夢見てなんぼよ。大きい夢を抱く人間は気に入った人間の装備代くらい屁でもないわ。ということで、あなたがディープまで行って稼いだお金は渡さなくていいわ」
「本当にいいのですか?返さなくて」
ツァーリさんはかぶりを振る。
「いらないいらない。どうせ探検者なんていつ死ぬか分かんないんだし、細かいこと言ってもしょうがないわよ。でも、もし私とまたパーティーを組みたいって言うなら、そのお金を理由にしてもいいわよ」
ツァーリさんは体を捩じらせた。ヘルトは思わず目を逸らす。
「でも、今回は自重しようかしら」
ツァーリさんはファーナスとヘルトを交互に見る。
「えっ、それはどういう__」
ファーナスが尋ねようとする。
「ばいばーい」
ツァーリさんはいたずらっぽく笑い、店を出て行った。
「嵐のような方でした」
ヘルトは呟く。
「まあね」
ファーナスが同調する。
「あれだけ説明を受けても分かりません。なぜ彼女は僕なんかに装備を買ったのでしょう」
「みんながみんな、契約なんかで行動しているという訳ではないのよ」
ヘルトの損得主義を糾弾するように言う。まあツァーリさんはかなりの変わり者なのだが。
「はあ、よくわかりません」
「私だって、あなたがなんでそんなに名誉にこだわるのか分からないわよ」
ファーナスは意地悪く言った。
「でも、あなたはツァーリさんがお金を出して装備を買ったり、パーティを組もうって思えるだけの人間っていうことじゃないの」
「僕の顔ってそんなにいいものですか」
ヘルトはファーナスの方を向く。
「馬鹿、人間性の話よ」
ファーナスはそっぽを向いて答えた。きれいな肌整った顔立ち、すらっと長い手足。男に疎いファーナスでも認めざるを得ない。
「ほら、私の仕事見るんでしょ。こっちに来なさい」
ファーナスは店の奥の工房へ移動する。
「はい、お願いします」
ファーナスはその後も作業を続けた。しかし作業中に訪れる凪の感覚は、私をじっと見る男の子によって乱されていた。