12話
「そうでしたか」
寂しそうに告げるファーナスに呼応するようにヘルトも小さな声で答える。
「偉大なお母様だったのですね」
「うん、本当に」
ファーナスは店の入り口を見た。ダンジョンから帰ってくる母を迎える場所は、いつもここだった。
「お母さんが死んでとっても悲しかったんだけど、でもダンジョンに行きたい、探検者になりたいって言う思いは消えなかった。むしろお母さんみたいになりたいって思って、その気持ちは強くなっていったわ」
ファーナスの表情は夢を語る少女のそれだった。
「では、なぜ鍛冶屋に?」
至極当然な疑問をヘルトは投げかけた。
「それは__」
ファーナスはもう一度店が面している通りを見た。店に近づくものがいないことを確認し、続ける。
「お父さんのため、かな」
ファーナスは苦笑いをした。
「お父上のため?」
ヘルトは繰り返す。
「うん。お母さんが死んじゃってから数年たったあと、将来どうするかみたいな話になったの。その時に探検者になりたいって言ったんだ」
「お父上は反対したのですか?」
「ううん。『頑張れよ』って。それだけ。反対されると私も思ってた」
「ではなぜ、ならなかったのですか?」
もう一度、ファーナスは店の外を見た。父にはこのことを知られたくないためだ。
「その時のお父さん、口では応援してたけど、すごく怯えていたというか、無理して取り繕っていたんだと思う」
「なぜ?」
「探検者になりたいという私の気持ちをお父さんは分かってた。それを否定したくなかったんでしょうね。でも本心では探検者になってほしくなかったんだと思う。妻だけでなく娘までもダンジョンで失いたくないでしょうし」
ヘルトからみるファーナスの表情はひどく寂しそうだった。彼女は続ける。
「そんなお父さんを見ちゃったから、私は探検者を諦めて、鍛冶屋になった」
「この仕事は好き。この道を選んで後悔はしてない。でもあの時のまま探検者になったらどうなるんだろうとは、今でも思う」
ファーナスはヘルトの全身を見る。
「だからせめて、私の装備を付けた人がドリームに行ってくれたらうれしいなって思う。私の想いを乗せた探検者がいつかあのダンジョンを制覇してくれたらいいなって。これは復讐なの。母を奪ったダンジョンと、探検者を選ばなかったあの時の自分へのね」
ファーナスは目標を自嘲を含めた笑顔で述べた。
「ファーナスさん」
ヘルトが彼女に一歩近づく。
「うん?」
「本当に申し訳ありませんでした。そんな想いがこもった装備を僕のような軟弱物が付けてしまいました」
「まあ、規格化された初心者用防具だし」
「それは関係ありません」
ヘルトは床に膝をつき頭を地面につけようとする。
「ちょっと、ちょっと!何もそこまで__」
「すみませんでした!」
ファーナスの制止を無視し、ヘルトは謝罪した。
「いい加減にしなさい」
ファーナスはヘルトの額にデコピンする。
「じゃあ、さっき私が言ったことを守って。私にとってはそれだけで十分」
「ダンジョンで無茶をしないことですか?」
ヘルトは顔を上げ改めて確認する。ファーナスは頷く。
「契約ですか?」
ヘルトは尋ねる。それを見てファーナスはもう一度デコピンをする。
「約束。あんたはもっと人を信じなさい」
ファーナスは笑った。
店のドアが開く。入っていたのは全身に汗を張り付けたツァーリさんだった。