11話
「お父様、お体が悪いのですか?」
ヘルトは遠のく父の背中を見て尋ねる。
「そう、肺も腰もね。鍛冶屋が長いとああなってくの。職業病ってやつかしら」
「そうですか、お辛そうですね」
「辛いと思うわ。それにお父さん痛くても何も言わないの。肺の病気だって私が無理やり病院に連れて行ったんだから」
ファーナスは愚痴っぽく言った。
「大事にされているのですね」
ヘルトは羨ましそうに言った。
「まあ、ね。でもだからこそ早く認められたいの。鍛冶屋は技術だけがものをいう世界だから」
「素敵です」
ヘルトは短くそう言った。何に対しての素敵という言葉なのかは分からなかったが、好意的な意見ということは分かった。ファーナスはありがとう、と短く言い工房の奥の作業場へ移動する。
「じゃあ、見てて」
2人になったことに気まずさを覚えながら、ファーナスは初心者用防具を作った。何回か繰り返している作業なのでもう感覚的に同じものが作れる。
感情が静まる。いつもの感覚だ。そこに年の近い男子の存在などない。
気が付くとそこには以前作った初心者用防具とほとんど同じものがそこに出来上がっていた。
「すごい__」
ヘルトは心から感心して言った。
「まあ、これは簡単だから」
恥ずかしいような、誇らしいような。ファーナスは誤魔化すように言った。
「ファーナスさん」
「なに?」
「どうして鍛冶屋になったんですか」
唐突な問いにたじろぐ。
「昨日言ったでしょ。復讐だって」
ファーナスは同じ返答をした。
「でも、その装備を作っている時のファーナスさん、楽しそうでした」
「え?」
自分が笑っていた?そんなはずない。愛嬌のかけらもない仏頂面をしていると思っていた。
「気持ち悪かった?」
不安になり、ヘルトから顔を背ける。
「いえ、奇麗な顔をしてました」
「えっ、ちょっと何言ってんのよ」
ファーナスは逃げるように作った初心者用装備を持って店頭のショーケースに移動した。
「あんな表情をする方が恨みなんて__そんなはずないと思います」
ヘルトはファーナスを追いかけてそう言った。
「そんなに知りたいの?私のこと」
ファーナスは装備の展示をしつつ、ヘルトに背を向けてそう言った。
「はい。知りたいです」
ファーナスはまた真剣な眼差しを向ける。この顔されると弱いんだなという自覚に気づきつつも、ファーナスは交換条件を提示した。
「じゃあ、もう考えなしに突っ込まないって約束して?」
ファーナスは振り返って尋ねた。
「それは__」
「約束して」
ヘルトの言い訳の出鼻をファーナスが挫く。
「分かりました」
ヘルトは数秒沈黙して思考し、答えた。ファーナスはヘルトを見て頷いた。約束はちゃんと守るような人間だとファーナスは判断した。
「私ね、探検者になりたかったの」
ファーナスは窓から通りを歩く探検者を見つめながら言った。
「それは__お母様の影響ですか?」
ヘルトは恐る恐る尋ね、ファーナスは頷く。
「お母さん、ダンジョン探検の黎明期から活躍しててね。ドリーマーなのよ」
「えっ。女性でドリーマーだなんて、とてつもない功績ではないですか」
ヘルトは感激したような反応をする。
ドリーマーとはドリームに到達した人物であり、生存確率がぐっと落ちるディープを超えた先の楽園__レア素材だらけの黄金郷に到達した探検家のことを指す。もちろん危険度もディープの比ではない。
「そうなの!基本的にダンジョンに潜っていたから遊んだりはあんまりできなかったけど、帰って来たときには冒険の話をたくさん聞いたわ!」
懐かしい思い出をファーナスはうれしく語る。しかし、その後に確実に付随的に表れる虚しさがファーナスの表情に影を落とす。
「お母さんは私が7歳の時に死んだの。2回目のドリーム挑戦の時よ」