10話
翌日、いつも通りの時間にファーナスが起床すると、ヘルトがそこにいた。
「寝てなきゃダメでしょう」
驚いたファーナスが言う。
「目が覚めてしまって。お仕事を拝見してもよろしいですか」
意外なお願いにファーナスは困惑した。突き返そうかと思ったが、彼が真剣な眼差しを向けてくるため了承することにした。
「別にいいけど、邪魔しないでよね」
「はい、もちろん」
ヘルトはそろりとファーナスの後についていく。
仕事を見せるとは言ったものの特別なことは何もしない。本当にいつも通りのことをこなすだけだ。炉の準備をし道具に不備がないか確かめる。
「毎日、これを?」
「うん。探検者によっては朝イチで来る人もいるから、準備してるの」
「ファーナスさんが作るんですか、装備を」
彼女は首を振る。
「ううん、私はすでに出来ている装備を改良したり、メンテナンスするだけ」
「あの初心者用の防具は?」
ヘルトが壊れた自身の装備を指さす。
「あれは国が規格化したものだから。ゼロから作ってるとは言えないかな」
「作らないのですか?」
「お父さんが許可を出してくれないから」
ファーナスは肩をすくめる。
現実問題、ゼロから装備を作るのと、すでに出来上がった装備にダンジョンの素材を使って深化させていく作業は難易度が全く異なる。ゼロから作るとなると使用者の癖や身体的特徴の把握が重要となるし、今後その装備を深化させていくとなると、新たな素材を加えることを踏まえた余白部分も加味しなければならない。知識量と技術とが試される作業なのだ。高額にもなるため、そう簡単にやらせてもらえるわけはない。
だが、ファーナスは青春のほとんどの期間を鍛冶屋として過ごした。それだけに未だ新規装備を作れないことに腹立たしさを感じていた。
「私はまだまだ未熟みたいよ」
ファーナスは惨めな気分を少しにじませて言った。
「そんなこともないと思いますが」
ヘルトは即座に否定し、ファーナスを見た。
「他の初心者用装備を付けたことがありますが、同じ規格でもファーナスさんのものは全然違いました。僕が言うのも変ですが、大量生産のものだったら即死だったと思います」
その説明を受け、ファーナスは一瞬作業を止めた。
「そう、じゃあ作った甲斐があったわ」
ファーナスは作業を続ける。その速度は少し早くなった。
1時間経つと咳をしながら父が降りてきた。寒い朝はどうしても痛むらしく、腰に手を当てていた。
「おはようございます」
ヘルトが深々と頭を下げる。
「おはよう。傷は平気か?」
父は朝早くにヘルトがいることなど疑問にすらならなかったようで、当り前のように挨拶を交わす。
「ええ、痛みなどはもうないです」
父はファーナスに目線を移す。
「店番頼む」
「了解、今日は集会だっけ」
職人ギルドの集会。長らく職人として勤めた鍛冶屋らが集まって、資源の配分や価格の設定を行う。最近は外様の業者が多くの資本を投入し大量生産を始めたため、月に一回という高頻度で行われるようになった。
「行ってくる」
「行ってらっしゃい」
父は腰を抑えつつ、店を出て行った。