1話
カン、カン、カン___
聞きなれた金属を叩く音が空間に響く。誰が叩いているのか、もう音だけで分かるようになった。
「仕上げておけ」
「はい」
ファーナスは完成したその装備を磨き上げ、メモした情報と誤差がないか確認する。とはいっても、直すべき箇所など、どこにも見つからない。
ファーナス・ブラスト。ブラスト工房を経営する、マイスタ・ブラストの一人娘。頑固な父の技術を今日も盗まんと、彼女は今日も仕事に励む。
「こちらになります」
中年の探検者に出来上がった装備を渡す。彼はその場でその装備を装着する。
「うん、ばっちり。いつもありがとね」
彼はファーナスに親指を突き立てた。
「いえ、手入れが行き届いていたので、こちらとしてもありがたいです」
ファーナスは中年の探検者に対し同じジェスチャーで返した。
「今度別の素材が手に入ると思うから、そろそろ新しいのを作ってもらおうかな」
「ほんとですか、では父を呼んできます」
ファーナスは店の奥にいる父を呼ぼうとする。
「いや、ファーナスちゃんに」
「私にですか?」
ファーナスは驚いて振り返る。
「そう、どうかな?」
彼は人差し指を顔の前に立ててひそひそと提案した。
「私なんてまだまだ未熟ですし、それに父が許可しないと思います」
ファーナスはかぶりを振った。
「そんなことないよ、ここだけの話、親っさんファーナスちゃんのこと褒めてたよ。多分、許してくれるんじゃないかな」
「えっ」
思わず声がでる。あの父がそんなことを言うなんて信じられなかったのだ。
「まあ、考えておいて。また来るね」
「あっ、ありがとうございました!」
ファーナスは頭を下げた。
「どうも」
父も店の奥から出てお客さんを見送った。
「来い」
父がファーナスを呼んだ。ファーナスは今の話を聞かれてはいないだろうかと不安になった。もし聞かれていたら、『お前には百年早い!』なんて言われるに決まっている。
「注文品は済んだ。次はこれだ。お前に任せる。鉱石は節約しろ」
父は設計図を渡してきた。先ほどの話のせいか、少し期待をしたのだが、それらはすぐに裏切られた。
「うん___。でもこれ、私たちが作る必要あるのかな」
ファーナスは肩を落として言った。
「それは俺たちが決めることじゃない。依頼されたものを俺たちは作るだけだ。気を抜くなよ」
父は釘をさす。
「うん、わかってる」
父は二階の自室へと姿を消した。
今日、この国は空前絶後のダンジョン攻略ブームだ。なんせ、船乗りが新たな貿易ルートを開拓したらしく、相手側ではダンジョンでとれた素材が高く売れるらしい。国もダンジョンの素材を主力商品として売り出すつもりだ。
探検者が増えるということはそれに伴う武器や装備が必要となる。私たちの鍛冶屋も例外なく、初心者向け防具を一定数作ることが義務付けられた。ファーナスが手に持つ設計図もこれに該当する。ファーナスはため息をつき、作業に取り掛かった。
鉱石を窯で溶かし、型に入れる。初心者向け防具は規格化されているので、私もマニュアルに沿って形を作る。
ブラスト工房の利用者はベテランが多く、関係も長いため利用者の情報を多く保有している。そのため利き手の籠手を少し軽くするなど、左右差などを意図的につけている。
鋳型に流し込んだその防具は左右が完全に対称で、落ち着かない。しかし変に手を加えることは国が要請する基準から離れてしまうため、容易に手を加えることはできない。ファーナスに出来ることは関節部分の柔軟性を高めたり、練度を高めたりするくらいだ。指定の素材を使い、形さえ整っていれば規定には達するので、ファーナスは細かい部分に改良を加えた。
「これでいいのかなあ」
ファーナスにとってはそれでも満足のいく出来とは言い難かったようだ。
「見せてみろ」
父はいつの間にか部屋から戻ってきていた。父はファーナスの作った装備を持ち上げ、重さ、手触り、匂いまでも嗅いで私の制作物を確認した。
「悪くない」
父はそれだけ言い、自室に戻っていった。