.3 【白金世界】
「君、高校生?」
「学生です」
外に出てカメラマンやADとぶつからないかと期待をしていたがすでに人けはなく、すでに撤収した後のような寂しさがあった。
ガン
男性が開いた油缶を足で蹴ってこれから行く道へ蹴り飛ばした。
薄暗い路地裏だが建物の上から蛍光灯がさんさんと光を照らしていてステージ上のように明るみになっていた。
「じゃぁ――家に帰らないとね」
「それをずっと聞いているんですけど」
ミミは腕を組んで壁にもたれかかった。
女はバスからまだ出てこない。
そちらを見ていると男性がしつこく話しかけてきた。
「僕と行動しよう、君は一人だと危ないからね」
ミミはバス側を見たまま答えた。
「そうですね、ありがたいですね」
「君がいる状況について君自身はわかっていない、そうだろ」
「そうですね」ようやく男性に向き直る。「教えてくれますか?」
心の中では目をぐるぐる上に向けていた。現実でも目は泳いでいた。
「じゃぁさ」
男性はポケットに手を入れる。プラスチックで包装された一枚の紙のような者を取り出した。
それをペリペリと開けて、中に入っていた紙を広げて地面に置いた。
何も書いていなかった。ただの紙。
「見ててね」
しばらくすると、一分も経たない間に模様が浮かび上がった。
というよりも文字が構成された、空気中から。
埃のような白濁の砂のようなものが紙にひたりと張り付いて独特な磁場のような模様を作る。
「何ですか、これ?」
ミミは紙の上の模様を指でつつく。白い砂が拭き取られ指についた。
「これはダストだ、この世界の――ま、ただの物質だ」男性はミミの隣にかがむ。「人体に危害はないよ」
そして紙の方向を回して直した。
「この模様には規則性がある、といってもとても細かいから論理的に有限なだけの人目には無限だ」
「磁場みたいなやつ?」
「そうだね、たぶん磁場とかと同じ感じ」
男性は続いて説明する。
「これが示すことは、僕たちはちょっとやっかいな所に居るってこと」彼は紙をつまんでダストを払う。「ま、知ってたけど」
何もわからない中でもちょっとやっかいなことがあることはミミにもわかった。
「どういうことですか」
男性は立つ。蛍光灯の白っぽい光源から逆光で照らされる。
「君のことは僕が守ってあげる、ってこと」
質問の答えになっていない、ずっとだ。
さすがにきつめに詰めようとするとカンカンカンとヒールの打撃音がバスの中から鮮明に響いて、それは乗車口から吐き出された。
「行くわよ!早く早っく!」
女がやっとバスから姿を現した。男性は腰に手を当てながら「あなたも仲間になりたいんですか?」と、嫌み付きの言葉を放った。
「冗談じゃないわよ、そこの女の子に言っているの」
「そんなに僕は信頼できないんですね、あなたもそうそうですよ?」
女は近づいてきて手を少々荒めに掴んでかがんでいたミミを引っ張り上げた。
「あなた、学生の子?」
「聞いてねぇ」男性はうつむく。
「あ、はい。そうです」ミミは手をぎゅっと握られてあっけにとられながらも少し心強かった。「あ――あの」
「ん?」女は目をしっかり見て笑みはなくとも敵意は全くない。
ミミの方から微笑みかけた「お名前は――?」
「はい?」
女は本当に驚いているようで、まるで名前なんて外国の観念であるかのようにカルチャーショックを受けた様子だ。
「――あ、ん?あ、ああ。そっか」
彼女は跳んでいった帽子を掴むように意識を戻した。
「私の名前はQu。キューでいいわよ!」
感じで書かないような名前を聞いて少しミミを疑ったため、ミミは口を開けたままパクパクしている口を無理矢理閉じて、その代わり目を開いて笑いかけた。
「一応、シュナウザーよ」
んんん?
急に犬の犬種が出てきてさらなる混乱に落とし込まれた。
犬推しですか?
「――あ、あぁ?」
未だにミミは言葉を発せずに彼女もカルチャーショックを受けたように呆然として理解が進みづらい。
女は「ミミちゃんかな?」と自分の名前を急に呼ばれて意識が戻った。
「え?なんで知ってるんですか?」
「書いてあるよ、そのガキみたいでかわいいステキなキーチェーンに」
私が腰のベルトにつけていたキーホルダーにぶら下がる一つのアクリルプレートに確かに書いてある。
「――はい、ミミです!初めまして!」付け加える「あの、ここってどうすれば帰れるんでしょうか」
「帰れないよ」
え?