登校
玄関をあけ外に出る。
天気は快晴。天気記号でも快晴なぐらいに快晴。いい天気である。
そんな天候とは反対に俺の気持ちは曇天。これからどうなるかの不安しかない。
「…………」
「…………」
昨夜と同様に横に並んで無言のまま歩き始めた。
気まずい。
しかし昨日の経験もあって俺はちょっとだけ慣れていた。
そもそも無言同士なら一緒に登校する必要があるのだろうか。
疑問に思いながらも俺は
そして……。
何事も起こらずに学校に着いた。
大橋から昨日のような要求もなく、無言で歩いていたためほかの人にジロジロ見られることもない。
多少の目線は集まった気もするが、それでも小春と登校しているときより少し気になる程度の感覚だった。
あとは少しだけ早くに家を出たのも功を奏したのかもしれない。
「…………」
「…………」
ぼちぼちと歩き、変わらず無言のまま昇降口にたどり着くと、大橋はさっさと靴を履き替えてそのまま行ってしまった。
どうやらここまででよかったらしい。
単に何も話さなかったことに飽きたのかもしれないが、これは教室まで一緒に行かなくていいという大橋なりの配慮としておこう。
といっても同じクラスメイトなのですぐに教室で会うのだが。
そんなこんなで俺も自分の教室へのろのろ向かう。
「…………」
いつもはこのうちに誰からも話しかけられないような雰囲気、通称陰オーラを放ち何人たりとも寄せ付けないように努力をしている。
ちなみにやり方は簡単で猫背で目を半開きにしながら眉間にしわを寄せるだけで話しかけるなオーラを十分に出せる。さらに小声でぶつぶつ独り言を言っているとなお良い。
しかし今日はうまくオーラを出せなかった。どこか浮ついた気持ちでいて、誰かに話かけられそうなほど平々凡々たる雰囲気を纏いつつ歩いてしまっていた。
そしてこういう気を抜いている場合に限って嫌な事は起こるもので。
「ねぇ」
と後ろから声をかけられる。
「…………」
明らかに俺に話しかけるような声だったが、ほかの人に話しかけている、もしくはだれかとの会話の一部、もしくは「ねぇ」から始まる曲を急に歌いだす狂人がこの学校に存在することに一縷の望みをかけて無視を決め込んだ。
「ちょっといい?」
しかし反抗むなしく今度は肩を叩かれ声をかけられたのでやむを得ず振り向いて反応した。
「なんですか?」
声の調整は完璧。決して大きすぎもせず小さすぎもしない平坦な声量。また発音も聞こえづらくなくはたまた聞き取りやすくもなく抑揚のない発音。
全てが平均値。もしこの世にベスト・モブ・オブ・ザ・イヤーなんてものがあったら最優秀賞間違いない。
俺は基本的に陰の者として生きているが、誰かに話しかけられたりした場合普通を意識するのが常である。
そしてそれこそが俺の日陰者道の極意である。日陰たる者として誰が相手であろうが好印象も悪印象も与えてはならない。
そのためこの返答は日陰者としては最高の返答であった。
今日も良い陰の者を演じれそうだと確信していると男が話し出した。
「時見君、僕のことわかる?同じクラスの黒瀧だけど」
「あぁ、わかるよ、同じクラスの」
この高身長イケメンリア充男子は黒瀧君、クラスの中心人物であり俺とは正反対の男。
性格は当然優しい、それも周りに気遣いができるタイプな真の優しさを持つ。現に俺の下の名前を憶えているくらい周りを気にかけている。
前にも何度か話しかけられたこともある相手だったので苗字は知っていた、が名前は知らなかった。
それでも向こうは時見という俺の名前を知っているのはなぜだろう。やはりリア充のコミュニケーション能力はあまり話したことのない相手を名前で呼ぶほど異常なのだろうか。
それとも俺が異常なのか、そう考え始めたところで黒瀧君から本題を告げられた。
「知っててくれてよかった、ところでなんだけどさっき大橋さんと一緒に歩いてたよね?」
「……そうだね」
見られていたならしょうがない、変に嘘をつくより真実を述べるのが吉だろう。
問題はこの後来る質問にどう答えるかである。
「やっぱり見間違いじゃなかったんだ……じゃあ聞くけどなんで今日は一緒に来たの?」
いきなり核心を突かれた。まあそれ以外に聞くこともないだろうけど。
俺は長く黙っているとそれこそ恋人なんじゃないかとか疑われかねないので、考えうる限り最速で無難な返答をした。
「いや、たまたまそこで大橋さんとあったんだよ」
「ふーん、でも二人ってそんなに仲良かったっけ?」
「一応クラス同じだし、ちょっと話しただけだよ」
「そうか、でも時見君っていつも妹さんと登校してなかったっけ?」
執拗に質問してくる黒瀧君に疑念が募る。
そこまで俺と大橋の関係が気になるのか、さっきまで駄々をこねていた俺が言うのもおかしいがたった一回の会話だけで別に騒ぐことはないと思う。
でもなんとなくわかる。黒瀧君は大橋のことが好きなのだろう。
そしてある日知らないうちに好きな人がモブキャラと登校していたら不思議がるのは仕方がないと思う。
むしろ俺が気になったのはなぜこの男は俺が小春と登校していることを知っているのか、周りへの気配りがすごいというか、視野が広すぎる気がする。
黙っていても話が進まないので俺はとりあえず質問に答えた。
「妹は今日用事があるだかなんだかで早く出てったから一緒じゃなかったんだ」
「ふーん……まぁ何もないことを信じるよ」
「よかった、ありがとう」
黒瀧君はいまいち納得しきれないといった様子だったがどうにか納得してくれた。
俺と大橋の間に何もないわけではないけれど、恋人関係は(仮)の関係なので実質何もない……ということにしておこう。
黒瀧君からの質問攻めが終わり、ほっと一息つくと
「じゃあ教室まで行こうか」
と黒瀧君が誘ってくれた。
正直俺にとって迷惑でしかないがせっかく誘ってくれたのだから一緒に行かないと悪い印象がついてしまう。
「そうだね」
と返し俺と黒瀧君は二人並んで教室へ向かった。
歩いているときの話す内容は向こうから全部出してくれた。
大橋とは違い本物のリア充は話の内容が尽きないようで。
……ちなみに「内容」と「尽きないようで」がかかった渾身のギャグができたので黒瀧君にも伝えたかったが、それをする勇気は到底持ち合わせていないので心にとどめておく。
このギャグは後で小春にでもかましてやろう。
黒瀧君の話題にひたすら相槌を打っているとあっという間に教室に着いた。
ほとんど喋らずに自分の欲望を押し付けてくるどこかの誰かさんと違って、人の話を聞いているだけでも時間が早く感じる。
「じゃあまた」
「また」
さほど仲が良いわけではないので教室へ入ると黒瀧君とはすぐに別れた。
「ふぅ」
大変な一日の始まりだ。
自分の椅子に座ると朝から張りつめていた気もすっかり脱力した。
そのまま疲れたので机に突っ伏していると、
「ねぇ」
昨日今日で聞き慣れた声がした。
どんな用事であっても絶対に大橋とは教室内で話したくない。
ただでさえ話さない大橋が誰かと話しただけで「俺、大橋朝香と話したんだけど!」くらいには話題になるのにどうして俺が話さないといけない。
俺は世界一の日陰者マスター、通称火影を目指しているのにこんなところで躓いてどうするってばよ。
……実際にそんなものになる気はないが反応したら厄介なことになること間違いないので、絶対に反応しまいと頑なに突っ伏し続けた。
「ねぇ時見君、私が今どういう状況で話しかけていると思う」
「……………………」
罠。
俺が気になるようなことを話しかけ、俺の顔をあげさせようって作戦だろう。
甘い。マ〇クスコーヒーぐらい甘い。
確かに気になるがそんな見え透いた作戦に引っかかるほど馬鹿ではない。
この状況において最も悪い状況は大橋と話すことである、何があってもそれだけは避けるべきだ。
俺は依然として寝たふりを続けた。
「そう、時見君は無視し続けるのね、それとも狸寝入りかしら、どちらでもよいけれど時見君の意図は把握したわ」
大橋が一方的に話しかける。心なしか先ほどより声が近い。
「では、この状態を5分間保ちましょう。それで私は満足するし、自分の席に戻るわ」
どうしてこの人はこの状況を5分間も保ち続けようと思うの?
気まずいのは当然だがはたから見た状況も意味が分からないだろう。
大橋は気まずさを作り出す才能と人をいじめる才能があるからなんとかしてこの才能を将来の仕事に結びつけた方がいい。そんな仕事ないと思うけど。
この意味の分からない状態が続くのは非常に居心地が悪いけれど、今更顔をあげて話をするのも変に思われるので迂闊に顔をあげられなくなった。
もしこれが大橋の真の狙いであったなら俺はまんまと術中にはまってしまった。
ただこの状況を打破する手段もないので突っ伏し続ける。
しかし状況は変わった。
よくも悪くも俺自身が眠くなり始めたのである。
最初は近くに誰かいるという気配があり眠れなかったが段々それも薄まっていき、2分もすれば俺の意識は深いところに落ちようとしていた。
きっと目に見えない疲労がたまっていたのだろう。
昨日の大橋のこともあったし、ゲームも夜遅くまでしていたし。
また会おう世界。さようなら1時間目。
言葉と共に、俺は眠りについた。
どうも雪猫です。
なんか人生大変なことしかないけど、どうにかやってくしかね~!!!
ポジティブシンキングなことが大事なのはわかってるど、難しいよね~
っていうネガティブシンキングは止まらないので、私は無理です!!!!!!