表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/8

翌朝

 ジリリリリリ!

 ドン!

 午前7時、甲子園球場のサイレンほどの音がする目覚まし時計を、平成の怪物の投球速度よりも早く止めた。

 いつものごとく制服に着替えてからリビングのある一階に降りる。

「おはよー」

 リビングのドアを開けても返事はこなかった。

「あ、そっか小春が昨日なんか早く学校行くとか言ってたっけ?」

 それは昨日のゲーム途中の話。


「あ、明日用事あるからちょっと早めに学校行くね」

「おう…………ってか何そのコンボ⁉簡単そうにそんなの決めないでほしいんだけど⁉」

「できれば簡単だよ」

「その理論、破綻してるぞ、それはそれとして学校のことは了解」

 その試合の終了画面には小春が扱うキャラクターの勝利ポーズが表示されていた。


「あー、ボコボコにされたことも思い出してきたわ」

 小春にボコボコにされるのは毎度のことだし慣れてはいるのだが、今回は真剣に練習したつもりだったので結構悔しくて、ショックだった。

 でも以前よりは立ち回りもよく数回でも小春に勝つこともあった。

 なんだかんだで成果は出てるかもしれない。と思うからゲームの沼にハマるんだろうな。

「朝ご飯どうするか」

 小春がいないので当然朝ごはんもない。

 とりあえず牛乳を飲もうと冷蔵庫のある台所へ向かう途中。

 ダイニングテーブルの上に食パンといちごジャム、そして書置きが置いてあった。

 書置きには「レンチンでもして食べて」とのこと。

「ありがたいけど……」

 レンジでチンするだけでいいようにいちごジャムが置いてあるのも本当に気が利く。

 ただそれでもレンチンってとこが気に食わない。

 何て言ったってうちにはポップアップトースターがある。

 確かに俺は料理が下手くそだがトースターくらいは使える。

 トースターでどうやって失敗するのか分からない。

 簡単に焼けるから焦がすこともないだろうし、パンを焼くうえで起こりうる失敗も焦がす以外はない。

 とにかく俺が言いたいのはトースターでカリッカリになった食パンにバターを塗って食べたい!

 ……が俺はおとなしく小春の書置き通りに食パンをレンジで軽くチンしてからいちごジャムを塗りそれを頬張った。

 理由は一つ。

 それは断じて俺の話ではなく俺の友達の話であるが、昔々のそのまた昔、その友達はトースターを使ってパンを焼こうとしたそうな。

ただその友達も料理が苦手でありポップアップトースターの使い方もろくに知らなかったそうな。

その男にはあまりに料理音痴すぎてとった行動は、なんとポップアップトースターで二回パンを焼き焦がしてしまったのだ!

 ではなぜその男が二回もパンを焼いてしまったのか、それはポップアップトースターそのものに原因がある。

 大体のポップアップトースターはパンを入れる口が二つ存在する。

もちろん料理音痴の俺、間違えた俺じゃなくてその友達は、二回入れるものと勘違いし二回パンを焼く愚行に至ったらしい。

 当然パンは真っ黒焦げになった。その失敗があまりにも恥ずかしく友達はそれ以来ポップアップトースターには触れていないらしい。

 そんな友達の失敗を思い出し、不安になったので今回はおとなしくレンジを使うことにした。

 ちなみにもう一つ思い出したことを言うならば、俺には友達がいない。

 …………いちごパンおいしい。

 しょっぱい思い出をいちごの甘味で受け流し朝食を終えた。

 「ご馳走様でした」

 返事がないと少し寂しいが、いちごジャムを作ってくれた農家さんに最大限の感謝を込めてごちそうさまをした。

 パパッと食器を片付けて、ソファでくつろいでいると、

 ピンポーン。

 家のチャイムが鳴った。

 こんな時間に宅配物が届くことはない。大方、小春が何か忘れ物でもして帰ってきたのだろう。

「はいはいーちょっと待ってー」

 俺はインターホンを確認せず玄関のドアを開いた。それが最悪の展開を巻き起こすことも知らずに。

「どうした?」

「おはよう時」

 バン!

 玄関ドアの前に現れた大橋の言葉を最後まで聞かずに思いっきりドアを閉めた。

「ふう…………」

 どうやらまだ俺は夢の中にいるらしい。

 じゃあ!寝よーっと!おやすみー!

 再度眠りにつくため寝室に戻ろうとしたとき、

「わざわざ彼女が来たっていうのに、酷い仕打ちじゃないかしら」

 外から扉を開き、俺の彼女を豪語している人物が入ってきた。

「ごめん、まさか彼女がわざわざ俺の家まで来てくれるなんてことが俺の現実に起こりうるわけないから、夢から覚めるためにベッドに戻って二度寝をしようと思って」

「安心して時見君これは夢ではないわ」

「そんなん夢の登場人物に言われても分からないだろ、ってことで俺は二度寝するからまた後で」

 再度寝室へ向かおうとするが大橋はそれを認めなかった。

「痛い痛い痛い痛い!」

 大橋がどこにも行かせまいと俺の足を踏んできた。

「ほら夢ではないでしょう、二度寝する必要はないわ」

 訂正。大橋が俺の足を踏んだのは俺をどこにも行かせまいとするためではなく夢ではないことを実感させるために踏んだらしい。

 どっちにしてもいきなり人の足を踏みつけるのはやめてほしい。

「それじゃあお邪魔します」

 もう何を言っても意味がなさそうなのでとりあえず通した。

「あぁ……はい、どうぞ……って痛い痛い痛い!俺の足踏んだまんまだから!」

「私、踏み出した一歩は引かない主義なの」

 そんな信条は捨ててしまえ。

 俺の苦悶の表情を尻目に大橋はすたすたとリビングに向かっていった。

「女王様過ぎる…………」

 ぽつりとこぼし、内心で俺は足を踏まれて興奮するようなマゾ気質の人とは一生分かり合えないだろうと思った。

 大橋を一人にすると不安しかないので大橋を追って俺もリビングに向かう。

 リビングではすでに大橋がソファの中央に座りまじまじとテレビを見ていた。

 なんでこんなくつろいでるのこの人?

 たったの二回来ただけでここまでくつろげるな、絶対に俺なら無理だ、それとも俺がおかしいのか。

「時見君、座らないの」

 ぽんぽんとソファの空いているところを叩き着席を促してくる。

 何があっても隣には座りたくなかったのでリビングチェアから離れたダイニングチェアに座った。

「で、何の用でしょうか、大橋様」

 とやかく言われる前に要件を尋ねた。

「一緒に登校するために来たに決まってるじゃない」

「それは無理」

 食い気味に否定した。

「なぜ?昨日は良かったじゃない」

「昨日は昨日、今日は今日。昨日は誰かに見られる可能性がまだ低かったから家まで送ったけど、一緒に登校するのは確実に誰かに見られるから今日はダメ、というか一緒に登校するなんて一生ダメ」

「大丈夫よ、誰かに見られたりしてもなんともないから」

「なんともなくないから大丈夫じゃないんです」

 名も知れない男が大橋朝香と付き合っているなんて知れたら、俺がどんなことをされるのだろうかなんて考えたくもない。

「なら知能定数が低い時見君でもわかるように説明するわね」

「その知能定数が低いって前置き言う必要ある?」

「まず時見君が懸念していることは校内で人気のある美少女大橋朝香と何一つ冴えない底辺の中の底辺でゴミクズな男が付き合っていることを知られたら、誰に何をされるか分からないことだと思うのだけれど違うかしら」

「どう考えても言いすぎだけどあってます」

「なら平気よ、その懸念には間違いがあるの」

 できれば何一つ冴えなくて、底辺の中の底辺に存在していて、ゴミクズで、何のとりえもないというところが間違いであってほしい。あれ?一つ増えた?

「私は自分が美少女であることは衆目を浴びて理解しているわ、ただ人気があるのは大きな間違いよ」

「というと?」

 よく自分で美少女とか言えるなと内心おもいつつ質問する。

「愛想が悪い、横暴、無口、正論で攻め立る、気丈な性格、話を聞かない、そんな人間に人気があると思う?」

「あー…………」

 本人がいる手前、同意はしづらいが、昨日今日の言動だけでも十二分に思い当たる節はあった。

「そういったわけで私は人気がないの、だから時見君が私と付き合っていることがそこら辺の群衆に知れても大きな被害はないわ」

「うーん…………」

 理屈は通っているがどうにも納得できない。

「納得していないのなら、今日だけ登校してみるのはどうかしら」

「今日だけ?」

「そう、もし何かが起こったとしても、今日一日だけということならどうとでも弁明できるでしょう、だからとりあえずということで今日だけ一緒に登校してみない?」

「…………」

 大橋の言っていることは正しいと思う、やってみなきゃ分からないことなどたくさんあるし、試してみたら平気だったことなんてざらにある。

 反対に、一回の失敗が尾を引いて最悪の事態が起こることもざらにある。

 そこで俺が提案したのは、

「わかった、じゃんけんにしよう、俺が負けたら大橋と一緒に登校する、俺が負けたら別々に登校しよう」

「天に委ねるわけね」

 じゃんけんなら実力が関係なく運だけで勝敗を決することが出来る。大橋の言うとおり俺は天に身を委ねたわけだ。

「よし、じゃあ行くぞ」

「ええ」

 俺は席を立ち左手で右手を握りしめその手を相手から隠すように構えの姿勢を取った。まさに某漫画の狩人×狩人の主人公が放つ必殺技のように。

 それを見て大橋も片方の手をポケットに、もう片方の手を握りこぶしにして前に突き出し、戦闘態勢をとってきた。なるほどそっちは某アイドルグループの総選挙スタイルか。

「最初はグー、じゃんけん、ほい!」

 同時にお互いが手を出す。

 俺が出したのはチョキ、対して大橋が出したのはパー。

 じゃんけんはまぎれもなく俺の勝ち。

 物語においてこういう賭けの大半は自分が負けて渋々ついていくのが定石だろうが、生憎主人公スキルのない俺にはそんなフラグは成り立たない。

「あー、勝っちゃったなー、きっと神様が二人で登校すべきじゃないって言ってるんだよ、ってことで今日は別々に登校しよう!」

「……確かに時見君がチョキを出して私がパーを出したのなら私の負けね」

 負けてもあくまで冷静な大橋に違和感を覚える。

 大橋がこんなにも簡単にあきらめることがあるのだろうか、いやあるはずがない。

 餌を見つけたハイエナのごとく、やるときはとことんまでやり抜くやつだ。

「じゃんけんは一回だけだから俺の勝利でいいんだよな?」

 念を押して俺の勝利を確認する。

「その前に私も確認したいのだけれど、時見君はチョキを出した。ということでいいのよね」

「…………ああ、俺はチョキを出して勝った」

 漂う不穏な空気。大橋はこれから何をしてくるのだろうか。

 生唾を飲み込み、神妙な面持ちで大橋の返答を待つ。

「そう、なら私の勝利ね」

「え、なんで?」

 どうしてそんな結論に至ったか、その経緯を説明してほしい。

「大橋さんや、じゃんけんのルールはご存じですか?チョキはパーに強いんですよ?パーはすべてを握りしめるから最強とかありませんからね?」

 そんなふざけた理論は小学生までしか通用しない。高校生にもなったら誰が決めたか知らないルールをバカ真面目に守らなければならないのである。

 と俺が小学生のころに父親が話していた。

 うちの父親は子供に向かってなんて世知辛いを話をするのだろう。

「じゃんけんのルールは理解しているわ、チョキがパーに強いのも理解している、だからこそ私の勝利なのよ」

「……………………」

 大橋が駄々をこねる子供にしか見えない。

 相手が理解してくれないときはどうやって説得すればいいのか考えていると、

「だって私が出したのはパーではなくグーだもの」

「んんーん?」

 到底俺の頭では理解できないことを言い始めた。

「いや、だって大橋が出したのはパーだよね」

「時見君、私がいつ右手を使ってじゃんけんするといったかしら」

「なん…………だと…………?」

 大橋がどこぞの強敵キャラのようなセリフを喋ったので、俺もつられて乗っかってしまった。

 いや、そんなことはどうでもいい。

「私がじゃんけんで出したのは、左手のグーよ」

「いやいやいやちょっと待て、それは流石に反則だろ、ただ握ってた左手をじゃんけんで出したってのは納得できない」

「いいえ時見君、私はじゃんけんをしたときにちゃんと左手を出したわ」

「だから、出したって言っても大橋の左手はポケットの中に入ってただろ…………」

 言って俺は気づいた。

 大橋の左手はもともとポケットにポケットの中にあった、今はそれがポケットには無くここにある。つまり…………。

「もしかして、大橋が言いたいことは」

「そう、私は左手をポケットから出したのよ」

「……………………」

 せこーーーーーーーーーーーーい!

 え、噓でしょ!たかがじゃんけんにそこまでする⁉あの大橋朝香が⁉

 おまけに本人も勝ち誇った雰囲気出してるし。なんだこいつ。

ただ俺は断固として反抗した。

「それは認められない」

 こんなイカサマじみたじゃんけんでどう納得すれば?

 しかしそれ以上に俺が大橋と登校したくないという思いがあることをわかってほしい。

「……確かにじゃんけんのルールを確認しなかったのは俺の不備かもしれない、でもこれは横暴が過ぎる…………だから、俺は再度じゃんけんを申し込む!」

 それなら確実にフェアな勝負ができるだろう、あとは大橋が再選を了承してくれるか同課にかかっているが……。

「そう、では、じゃんけん」

「え、ちょっと待っ」

「ぽん」

 大橋が有無を言わさぬ速さでじゃんけんを始めたので、咄嗟に俺はチョキを出した。

 対する大橋はグー。勝敗は明白である。

「決まったわね、一緒に学校に行きましょうか」

「いや…………」

 と即座に反論しようとしたが、真っ当なじゃんけんで普通に負けたので言い返す言葉がなかった。

「というよりそろそろ学校に向かわなければ、少し急いで学校に行くことになると思うのでけれど」

「えっ、もうそんな時間?」

 言われて時計を見ると、時刻は俺がいつも家を出る時間の数分前であった。

「それにできるだけ早く向かった方が良いでしょう?」

「なんで?」

「登校時間ギリギリはいつも混雑するでしょう、時見君の立場からすると大勢に見られないうちに登校するのが得策だと思うけれど」

「なるほど…………」

 一理ある、むしろ合理的に考えればそうすることが正解だろう。

 そうと分かれば早く学校に向かおう。固めた意志を伝えるために大橋に話しかけた。

「よし、行こう」

「即断即決できるのは美点ね」

「そりゃどーも、とりあえず上から荷物持ってくるからここで待っててくれ」

 大橋をほったらかすと何をしでかすか分からないので、急いで二階へ上がり、筆箱やらノートやらをササッと詰め込みカバンを抱えてリビングに戻った。

「何?」

 バタバタとリビングに戻ったので大橋に不審がられた。

「いや、特になにも」

 心配して戻ったが大橋はイヤホンを付け静かにソファに座っていた。

「そう、じゃあいきましょう」

 大橋がイヤホンを外しながら立ち上がりカバンを持ち上げる。

 何の音楽を聴いてるのか気になったが、聞いたところで俺はアニソンかゲームミュージックぐらいしかわかりそうにないから諦めた。

最近アクエリアスのスパークリングがペットボトルで出たからって飲んだけど、

学生の運動後向けだな~と思いました。

私は普通に風呂上りにポカリ派に一票を投じます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ